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千年震災 その1

2011年3月11日当時、東大地震研究所の准教授であった地震学者の都司嘉宣(つじ・よしのぶ)氏は、災害現場を調査し5月19日に『千年震災』という本をダイヤモンド社から出版されました。その本の中で、今回の震災は平安時代の日本の歴史書『三大実録』に記載されている869年(貞観11年)の震災とよく似ており、実に1142年ぶりの大震災であったと書かれています。 三大実録には、津波被害は陸奥の国(当時は青森・岩手・宮城・福島)だけでなく、その近くの国(常陸の国:茨城県や千葉県)にも及んだということが書いてあります。
東京電力や政府関係者は福島原発を建設する際、当然これらの歴史書を参考にしたと思います。

平成28年3月15日付の奈良新聞に著名な歴史学者・故上田正昭氏を偲ぶ記事が掲載されていますが、その中で、2011年の東日本大震災の折り、氏が病床でニュースを聞いて、「電力会社や学者が『想定外』と言うのを聞いて怒りに震えました。平安時代の869年に起きた貞観地震はしっかりと記録されているのに、なんと無責任な。歴史の教訓を、将来に生かさなければ」と話していたそうです。三大実録に記録されている貞観地震の記録は永遠に語り継いで行かねばなりません。

「三大実録」から貞観地震の記事(Wikipediaから引用)
 延喜元年(901年)に成立した史書『日本三代実録』(日本紀略、類聚国史一七一)には、この地震に関する記述がいくつか記されている。貞観11年5月26日(ユリウス暦869年7月9日)の大地震発生とその後の被害状況については、次のように伝える。

<原文>
五月・・・廿六日癸未 陸奧國地大震動 流光如晝隱映 頃之 人民叫呼 伏不能起 或屋仆壓死 或地裂埋殪 馬牛駭奔 或相昇踏 城(郭)倉庫 門櫓墻壁 頽落顛覆 不知其數 海口哮吼 聲似雷霆 驚濤涌潮 泝洄漲長 忽至城下 去海數十百里 浩々不辨其涯諸 原野道路 惣爲滄溟 乘船不遑 登山難及 溺死者千許 資産苗稼 殆無孑遺焉

<現代語訳(意訳)>
『5月26日癸未の日、陸奥国で大地震が起きた。(空を)流れる光が(夜を)昼のように照らし、人々は叫び声を挙げて身を伏せ、立つことができなかった。ある者は家屋の下敷きとなって圧死し、ある者は地割れに呑まれた。驚いた牛や馬は奔走したり互いに踏みつけ合い、城や倉庫・門櫓・牆壁[1]などが多数崩れ落ちた。雷鳴のような海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、海嘯が長く連なって押し寄せ、たちまち城下に達した。内陸部まで果ても知れないほど水浸しとなり、野原も道も大海原となった。船で逃げたり山に避難したりすることができずに千人ほどが溺れ死に、後には田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった。』

[1] 上記の史料にある「陸奥國」の「城」は多賀城であったと推定されています。

地震や噴火はある期間に連続して発生する傾向にあり、活性期を迎えた日本列島ではいつ何時また、1000年に一度の地震と大津波が来るかも知れません。私も子供の頃、海から離れたとんでもなく遠い所まで、川を溯って船が打ち上げられたと祖母から言い伝えを聞かされ、祖母の頭がおかしいのではないかと思った時がありましたが、それは津波で流されてきたのだと思います。千年も経つと言い伝えは風化し忘れ去られますが、できる限りモニュメントは残してほしいと思います。




東日本大震災発生から5周年

 2011年3月11日(金)午後14:46分、私は奈良県北部の、とある職場の3階建てビルの中の一室で、この地震を体験しました。 部屋でパソコンに向かって仕事をしていると、大きなゆっくりとしたユッサ・ユッサと船酔いするような長い周期の揺れがきて、太陽光線を遮るために降ろしていたシャッタが風も無いのにゆすられて、窓枠に当たってカラン・カランと響くような音を立てていました。

私は以前から読んでいた地震関係の本による知識から、この地震はきっとプレート型の大型の地震に違いないと直感しました。部屋から廊下に出て、職場の同僚にこのことを話しました。やがて震源地は仙台市の東方70キロの三陸沖の日本海溝付近の海底24キロで発生した太平洋プレートと北アメリカプレートの境界域で発生した海溝型地震(気象庁M8.4)あることが分りました。
今回の地震は東北地方太平洋沖地震と名付られ、平安時代の貞観地震(869年7月9日)以来1142年ぶりの巨大地震だともいわれています。気象庁は後ほど、この地震のモーメントマグニチュードMwは9.0であると発表した。

私は子供の頃、伊勢志摩で育ち、チリ地震津波をこの目で見ており、地震による津波の怖さを体験していましたので、とにかく海岸近くの住民は一刻も早く逃げてほしいという思いで一杯でした。 幸い地震は陸地から70キロ遠方の海底で発生しているので、津波が到達するまでには、40分くらいあるので、海岸付近の住民が避難するまでの時間はあるので逃げ切れると思いました(東南海地震では、尾鷲や和歌山では10分で津波が到達すると予測されている)。

しかし、約40分経って、実際に巨大な津波が押し寄せて来て分ったことは、時間があっても逃げ場がなかったということでした。テレビで見た仙台空港は滑走路に飛行機が浮かび流されていました。空港内の1Fロビーは高さ3mの海水で埋め尽されました。
幸い乗客・職員は上の階へ登り助かりました。

また、自衛隊松島基地の航空機もすべて津波で流されました。名取川をさかのぼる黒山のような津波は息子家族が住む、仙台市内の方向へ向かっていました。何回も連絡とりましたが、やっと3月11日中にDocomoの携帯だけが繫がり安全を確認しました。しかし、地震と津波により、3月11日午後3時42分には福島原発は全電源を喪失する事態となり、炉心溶融という最悪の事態に陥り、放射能をまき散らす事態となりました。取り急ぎ、家族を避難させるため山形空港経由の航空券を確保し、避難させました。

京都大学原子力工学科卒で原子力の専門家であった前国会議員の吉井英勝議員はこうした事態を予め想定し、安倍首相をはじめ歴代首相、政府の原子力関係者、東京電力に対策をとるよう迫ってきましたが、おごり高ぶる政府・東京電力は対策を怠り、前代未聞の大事故を引き起こしてしまいました。今なお福島原発では毎日炉心に水をかけて冷却しつづけて汚染水は溜る一方です。福島原発では、毎日約7000名の人達が作業を行っています。何年続ければ放射能が減衰するのか分かっていません。

現在、折しも東大寺ではお水とりの最中(3月1日~14日)ですが、2011年の3月11日には当時の東京電力社長は平城遷都1300年記念行事で奈良に来られていたそうです。明日12日がお水取りのクライマックスなので、地震がなければ、見物されていたかも知れません。当時の東大寺の練行衆たちは、十一面観音に対して震災を鎮める御祈りをしていたのでしょうか?

自然はその論理に従って運動し、時として人知の及ばない力を発揮するので、人間は自然に対して畏敬の念をもち、常に謙虚でなければならないと思います。


















戦争法廃止の大運動を―国民の歩みは止められない

 2015年8月~9月の暑い夏は「戦争法反対・アベやめよ」の老女男女数百万の熱い国民運動が繰り広げられ、歴史の1ページを飾る「熱い暑い夏」になりました。 

安倍晋三氏を頂点とする日本のごく少数の極めて偏った「極右勢力」の支持と、NHKTVやマスコミを動員した宣伝にも関わらず、戦後国民が日本国憲法の下で、培った民主主義に対する熱い思いは、巨大で、そのエネルギーが国会周辺を頂点として結集しました。

9月14日~19日ここに集まった、青年・学生、若いママ、大学関係等の学者・知識・文化人、憲法学者、民主、共産、維新、社民、生活の国会議員、勇気をもって国会前へ結集した芸能人・タレントなど、すごい国民的なエネルギーが渦巻いていました。

国民の6割が反対し、8割が説明不十分であるとした違憲の戦争法は9月19日強行採決されましたが、戦争法に賛成した自民党・公明党の議員を選挙で落選させ、反対派を多数にすれば逆に戦争法の廃棄は可能となります。

安倍政権は、大津波や大噴火で再び電源喪失などでメルトダウンが起こる恐れが大きい原子力発電を再稼働し、沖縄の名護の美しい珊瑚の海を埋め立て国土を米軍基地として新に無償で売り渡し、消費税を10%に引き上げ、労働者派遣法で正社員ゼロ・生涯派遣の労働者として、生活を成り立たなくしています。 

太平洋戦争は侵略戦争ではなかった、正義の戦争であったなどと勇ましい事をいう一部の人がいますが、制空権を奪われ、東京、大阪などの大都市は焼き尽くされ、広島・長崎に原爆を落とされ、戦争末期に沖縄に上陸を許し嘉手納基地を築かれ、戦後はA級戦犯が釈放され、敵国アメリカに忠誠を誓って、日本の国土全域に米軍基地を築かれ、日本は完全にアメリカの従属国状態になっています。沖縄初め首都圏にも基地が置かれ、これだけ多くの米軍基地が築かれている国は、他国にほとんど例がなく、戦後日米安保条約が結ばれたからです。それをやったときの首相は岸信介です。 美しい国日本の国土を米軍に蹂躙され、日本人の誇りと尊厳を失わせ、今また巨大な基地を沖縄の名護に新しく提供ししつつあるのは、岸信介の孫の安倍晋三氏に他なりません。 沖縄県知事が国連で沖縄県民の人権尊重を訴えるのは当然です。

これまで、日本の自衛隊は憲法の制約から海外で武器を行使せず一人も殺してきませんでした。しかし、この戦争法で海外で殺し殺される戦争に巻き込まれることになるでしょう。アメリカはこれまでは日本の広島長崎に原爆を落とした負い目からか、また憲法の制約上、アメリカが引き起こす戦争に自衛隊を参戦させてきませんでした。しかし、今後はそうは行かなくなります。

今後は、このような安倍独裁政権を継続させることなく政権打倒こそ国民の進むべき方向だと思います。





チリ中部沖地震津波

 チリ中部沖地震津波が日本へ到達し各地で津波が観測されましたが、気象庁では津波注意報を解除しました。

気象庁の発表では、最大の高さ:岩手県久慈港(0.8m)、北海道えりも町庶野(0.5m)、茨城県大洗(0.4m)など(18日13時25分現在)でした。最高で岩手県久慈港では80cmもの津波が観測されました。これだけの高さでも養殖の魚はいけすから逃げ出す恐れが予想され大変です。太平洋岸では魚の養殖だけでなく、種々被害が出ているものと予想されます。

 今後も北米・南米大陸沖で巨大な地震が生じた場合は、太平洋を越えて対面する日本には巨大な津波の到達可能性があり注意が必要です。日本の状況は1960年チリ地震のときとは状況が根本的に変わっています。1966年以来、日本の太平洋沿岸には多数の原子力発電所が建設され動いています。福島の原発のように、津波対策が完璧に行われていません。まったく恐ろしい限りですが、安倍自民・公明政権は火山噴火・津波対策を十分することなく、ノー天気にもほどがありますが、川内原発を再稼働させて喜々としています。今後も、それいけどんどんと、原発を再稼働させるに違いありません。バカどもに付ける薬はありません。

  これまで、日本の火山や地震発生は少なく、異常でした。しかし、いよいよ火山活動は活発化し、桜島・阿蘇山・富士山の噴火は必至ですし、巨大地震や数十メートルを越える津波も襲って来るに違いありません。 福島原発やその他の原発がが再び巨大津波に襲われ、メルトダウンを起こせば、誰も収拾できなくなります。

頼りにする自衛隊や、お友達米軍は放射能で現場に近づけません。 軍事力では国土を守れません。 今の政権を構成する国会議員は、もはや国民の命と主権を守るのではなく、国土と自衛隊をアメリカの言いなりにすることしか頭にないようです。 






チリ中部沖でM8.3の巨大地震

 日本時間2015年9月17日7時54分にチリ中部沖でM8.3の巨大地震が発生しました。津波はまもなく、今夜24時頃ハワイに到着する見込みです。気象庁はハワイにおける津波観測結果を見てから日本への津波到達について判断するそうです。予報に注意してください。特に太平洋沿岸については20cm~1mの津波でもそのパワーは巨大で、魚・真珠・海苔などの養殖等に多大な影響を及ぼし被害が予想されます。
 
原発では電源喪失の事態にならぬよう備えが必要です。

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以前、日本に大きな被害をもたらしたM9.3のチリ地震津波は、私の体験によると周期的(20分とかの)に何回も長時間、波が引いては押し寄せる動作が繰り返されますので、十分注意して下さい。

18日1:30頃、気象庁から新しい情報が発表されました。

気象庁のHPによると津波注意報を18日03時頃に発表する予定です。

発表する予定の津波予報区は次のとおりです
北海道太平洋沿岸東部、北海道太平洋沿岸中部、北海道太平洋沿岸西部、
青森県太平洋沿岸、青森県日本海沿岸、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、
千葉県九十九里・外房、千葉県内房、東京湾内湾、伊豆諸島、小笠原諸島、
相模湾・三浦半島、静岡県、愛知県外海、伊勢・三河湾、三重県南部、
和歌山県、徳島県、高知県、愛媛県宇和海沿岸、大分県瀬戸内海沿岸、
大分県豊後水道沿岸、宮崎県、鹿児島県東部、鹿児島県西部、
種子島・屋久島地方、奄美群島・トカラ列島、沖縄本島地方、
宮古島・八重山地方、大東島地方

○ 防災上の留意事項
各地域の津波の予想到達時刻や津波の高さは現在精査中です。
今後の観測データによっては内容が変わる可能性がありますので、発表される津波注意報を確認してください。
遠くから来る津波は、長時間継続します。
津波注意報が発表された場合は、解除されるまで海岸には近づかないで下さい。



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