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法隆寺の舎利講

法隆寺では現在は、正月の三日間だけ午後1時から舎利殿において舎利講が行われます。1222年からは毎日正午に行われていました。 その舎利は、聖徳太子が二歳の春、二月十五日に東に向かって「南無仏」と唱えた時に、掌からこぼれ落ちたという舎利で、「南無仏の舎利」と呼ばれています。いつのころからか、その舎利は「釈迦」の左眼であるという信仰が生まれ、その舎利を本尊とする法要が行われるようになった。 

 舎利講は、導師が舎利の徳を讃える舎利講式を読むことからはじまり、舎利伽陀、舎利和讃が出仕した僧侶たちによって唱えられます。 その和讃が終わりに近づいた頃、一人の僧侶が中央の厨子から、七重の錦の袋に覆われた舎利塔を取り出し、導師の後方にある舎利机の上に置きます。 

そのあと、七重の錦の袋の七色の紐が一枚、一枚丁寧にはずされると、水晶製の舎利塔が現れます。その舎利塔に向かって舎利礼が僧侶たちによって唱えられます。舎利塔は5分ほどすると、またもとの錦の袋に包まれ、元の厨子に安置されますので、わずかの間拝観できるだけです。

なお、舎利がお出ましになると、東院伽藍の鐘楼(国宝、鎌倉時代)の鐘が七つ撞かれます。舎利は現在の舎利殿ができる(1219年承久元年、慶政発願)以前は、夢殿に安置されていたと伝わります。平安時代の歌人和泉式部作と伝わる以下の和歌一首が伝わっています。
      
     南無仏の舎利を出ける七つ鐘 むかしもさそな今も双調

(高田良信著「法隆寺の四季ー行事と儀式」、小学館、参照)


舎利講参列者
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舎利殿
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舎利殿・絵殿(1219年、重要文化財)
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舎利講終えて
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鐘楼
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