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2017.2.26飛鳥寺西方遺跡現地説明会

  2017年2月26日に飛鳥寺西方遺跡の発掘調査現地説明会がありました。天候に恵まれ、1200人が説明会に来られたそうです。飛鳥寺の西の槻樹の広場は、中大兄皇子と中臣鎌足が蹴鞠をして出会った場所としてよく知られています。また、壬申の乱では軍営が置かれたほか、蝦夷や隼人の饗宴を行った場所として「日本書紀に」登場します。

明日香村では10年計画で飛鳥寺西方遺跡の発掘調査を行ってきましたが、来年度で調査は終了するそうです。これまで、槻樹の根が出ないか期待されていましたが、見つからないようです。 これまでの調査では石敷きや砂利敷きの広場が発掘されています。今回建物跡が見つかり、砂利敷き広場に建物が建つ風景をどう想像したらよいか、とまどっています。もし楼閣とするならば、この位置に市場があったのでしょうか?だとするならば、ここは飛鳥川に近過ぎますね。

調査区の風景を以下に示します。
飛鳥寺西の入鹿首塚からテントのある所(調査区)を望む。右手は甘樫丘
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現地説明会会場
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調査区地図
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地図2
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今回の調査で出土した遺跡は以下の通りです。

調査区全体
西側から東方向を撮影
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拡大
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1.石組溝1
 南北方向の飛鳥時代の溝が検出されました。幅1.15m、深さ40cmで、溝の側石は2段です。底石はなく、砂礫が堆積しており水路として利用されていたようです。

石組溝1(南北方向)
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2.石組溝2
 東西方向の幅85cmの溝が検出されました。側石は抜き取られており、底石のみ検出されました。平成23年度に検出されたものと合わせて75mの溝が検出されました。なお、この石組溝2は北側に折れていることが分りました。また、並行した石列も検出されました。

石組溝2
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ここで北に折れます
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3.建物跡
 東西3間、南北2間以上の建物の柱穴が検出されました。この建物は物見櫓や楼閣のような建物ではないかと考えられるそうですがよく分かりません。

石組溝2の西に建物跡を示すテープ
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緑テープが建物跡
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柱穴(黄土)
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建物跡の西側の石敷き
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そのほか、調査区から土師器、須恵器、黒色土器、緑釉陶器、瓦が出土しました。奈良時代から平安時代の遺物も多いようです。





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