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海石榴市(つばいち) その1

 学生時代万葉集の講義ではじめて「海石榴市(つばいち)」という名を教わりました。

海石榴市は以下の万葉集の歌に出てきます。
 「紫は灰さすものそ 海石榴市の 八十の衢に 逢える児や誰」
 「たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行き人を 誰と知りてか」
  (作者不詳、巻12-3101・3102)
(犬養孝「万葉の旅(上)」p42、平凡社) ; 犬養孝「万葉十二カ月」 p.118、新潮文庫)
 「海石榴市の 八十の衢に立ち平し 結びし紐を 解かまく惜しも」
(作者不詳、巻12-2951)

海石榴市は山の辺の道と初瀬道が交わる三輪山南西麓に位置する桜井市金屋付近の地名です。現在では、わずかに「海石榴市観音」にその名を残しています。 古代には、物品の交易の市ができ、椿の街路樹を植え大変賑わいました。平安時代にも枕草子に「市はつばいち、…」とあるように、繁栄を極め、長谷寺参詣客は海石榴市に宿をとりました。

地図
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海石榴市の名は日本書紀の以下の記事に出てきます。
 1. 武烈即位前紀(影媛と鮪)
 2.敏達14年(585)3月(物部守屋の排仏)
 3.用明元年(585)5月(三輪逆の死)
 4.推古16年(608)8月(遣隋使)

桜井市金屋の大和川に架かる馬出橋近くの大和川の河川敷に描かれた絵を紹介します。

馬出橋と三輪山
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大和川と二上山遠望
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初瀬方面
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遣隋・唐使の海路
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裴世清難波津へ着く、小舟に乗り換え海石榴市へ
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海石榴市で迎える
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朝廷は飾馬75匹を仕立てて海石榴市の路上に迎える。額田部連比羅夫があいさつのことばを述べた。

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河川敷の陶製の馬
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錺馬
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音羽山を望む
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壁画全体
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海石榴市説明板

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