FC2ブログ

中国五台山の旅 その1(竹林寺)

 2019年8月2日から8月7日まで、奈良交通(株)主催の「西山厚先生と訪ねる中国の仏教聖地、雲崗石窟と五台山6日間」の旅に行って来ました。行程は次の通りです。

 1日目:関西空港 ✈ 北京空港 ⇒ 大同市(泊1)
 2日目:ホテル⇒雲崗石窟⇒懸空寺 ⇒ 五台山(泊2)
 3日目:ホテル⇒東台頂(望海寺)⇒北台頂(霊応寺)⇒西台頂(法雷寺)⇒中台頂(演教寺)⇒南台頂(普済寺)⇒五台山(泊3)
 4日目:ホテル⇒菩薩頂⇒顕通寺⇒塔院寺⇒竹林寺⇒南禅寺 ⇒ 太原(泊4)
 5日目:ホテル⇒崇善寺⇒太原駅 🚅 北京西駅⇒天壇公園 ⇒ 北京(泊5) 
 6日目:ホテル⇒智化寺⇒王府井散策⇒北京空港 ✈ 関西空港

 五台山は中国仏教の四大名山(五台山、峨眉山、普陀山、九華山)の一つであり、文殊菩薩の聖地です。比叡山の中興の祖・円仁は838年〜847年まで9年半に渡って中国に滞在した日記、『入唐求法巡礼行記』(1)を残しています。

 838年7月2日に遣唐使の一員の請益僧(短期)として中国の揚州東梁豊村に上陸した円仁は、何度申請しても、天台山へ行くことを許可されず、遣唐使一行と離れ、赤山法華院から天台座主が滞在する五台山まで1270キロメートルの道のりを58日間かけて歩き通し、遂に840年5月1日に五台山竹林寺に到着しました。 竹林寺は五台山の中心部の台懐鎮からは南西に6キロメートル離れた山の懐に所在します。

竹林寺
IMG_1082s.jpg

拡大
IMG_1084s_20190818230540bdd.jpg


 竹林寺は唐代の僧・法照(ほっしょう)がインドの仏教最初の寺院である竹林精舎を偲んで、770(大暦5)年に建立した寺院です。 840年5月1日に、円仁が艱難辛苦を乗り越えて遠路はるばる到着し、ここに半月間滞在し、修行しました。竹林寺の花厳院には、般舟三昧を修業するための道場がありました。花厳院の他に、律院、庫院、法花院、閣院、仏殿院があり、それぞれの院には40人もの僧が寝起きしていたということですので、大きな寺院であったようです。 円仁は五会念仏(引声念仏)、常行三昧などの修行法を修得し、帰国後比叡山に、常行三昧堂を建立しました。 空也上人の念仏、法然上人の浄土宗のルーツもここ竹林寺にあります。 竹林寺には当時、白玉石の戒壇があり、円仁の同行弟子の惟正と惟暁は、到着一週間後に、正式に具足戒を受けました。

竹林寺アプローチ
IMG_1089s_201908182327170bc.jpg

同上
IMG_1090s_20190818232719695.jpg

境内へ
IMG_1092s_20190818232722349.jpg

鐘楼
IMG_1091s_20190818232721a7b.jpg

鼓楼
IMG_1122s_2019081823273196e.jpg

鐘楼と観音殿
IMG_1121s_20190818232729b55.jpg


IMG_1120s_20190818232728843.jpg

IMG_1119s.jpg

IMG_1116s_2019081823272554b.jpg

IMG_1104s_20190818232723d06.jpg






伽藍整備なった竹林寺(2019.8.5)
IMG_1094s.jpg

文殊菩薩物語
IMG_1131s_20190818205425022.jpg

IMG_1093s_2019081823072159b.jpg


今回同行中国人現地ガイドの話によれば、竹林寺の住職は現在五台山の仏教界の要職にあり、竹林寺は急速に伽藍を整備し、つい最近新しい伽藍が完成したとのことでした。 とても大きな寺院で、現在は僧を養成する学院ともなっているそうです。

竹林寺境内案内図
IMG_1114s_2019081820541878e.jpg

IMG_1112s_20190818205416150.jpg

大雄宝殿
IMG_1170s_20190818212614880.jpg


文殊寶殿
IMG_1139s.jpg

千手千鉢
IMG_1141s.jpg

千手千鉢観音
IMG_1147s.jpg

五層八角白塔
IMG_1148s_20190818212612017.jpg

 10数年前西山先生が来られた時には、明代の万暦年間(1573-1619)に山門の南に立てられた五層八角の白塔と、最近建立された堂宇だけが残されているだけだったとのことですが、今回は全く見違えるような立派な伽藍が整えられていました。


蔵経楼
IMG_1183s_2019081821261588a.jpg

今回、境内一番奥に建っている蔵経楼の建物の正面左手に、円仁を顕彰する石碑が建っているのを見つけました。
表には二行に渡って以下の文字が刻まれていましたが、西山先生のお話によれば、二行に渡って同じ建立者の名前が刻まれているのはおかしいし、 どうやら改ざんされている可能性があるとのことです。

石碑表
 『昭和十七年四月佛聖誕辰日本天台法孫末享金剛佛子上阪泰山和尚建之』
    『日本天台末學金剛佛子上阪泰山和尚建之』
IMG_1187s_2019081821261778d.jpg
石碑裏
 『日本天台入唐求法沙門円仁慈覚大師御研鑽之霊蹟』
IMG_1188s_20190818212618bda.jpg

1200年前に日本の比叡山の僧侶が竹林寺で修行した足跡が残されていることに、感銘を覚えました。

参考文献
(1)円仁著、足立喜六訳注、塩入良道補注 「入唐求法巡礼行記1,2」、東洋文庫、平凡社、1970
(2)佐伯有清 「円仁」 吉川弘文館、1989
(3)阿南・ヴァージニア・史代著、小池晴子訳「円仁慈覚大師の足跡を訪ねて」、ランダムハウス講談社、2007
(4)玉城妙子 「円仁求法の旅」、講談社、2000
(5)エドウィン・O・ライシャワー著、田村完誓訳 「円仁(えんにん) 唐代中国への旅」、講談社学術文庫、1999
(6)斎藤圓眞 「慈覚大師円仁の入唐求法」、第64回法隆寺夏期大学テキスト、平成26年7月(2014)



 

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

青龍

Author:青龍
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
萩 (2)
訪問者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR