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水運の歴史をたどり聖徳太子ゆかりの地を歩く

 2018年9月24日に安堵観光ボランティアガイドの会の案内で、「水運の歴史をたどり聖徳太子ゆかりの地を歩く」イベントで約14キロ歩いてきました。

安堵町は大和郡山市、斑鳩町、川西町、河合町と境界を接し、富雄川と岡崎川が大和川に合流する低地にあります。奈良盆地の佐保川、寺川、曽我川、飛鳥川などの河川は、この付近ですべて大和川に合流しています。

 飛鳥時代には難波と飛鳥を結ぶ水上交通の要衝で、隋・唐などとの交流の拠点となりました。日本書紀に記述がある「阿斗桑市」や「阿斗の河辺の館」(迎賓館)は「阿斗」が後に「安堵」になったという説もあります。 

江戸時代から明治中頃(鉄道が開通する)までは、河内と大和の産物を運ぶ水運が盛んで、御幸ヶ瀬浜や、板屋ヶ瀬浜の川港が賑いました。

飽波神社は、聖徳太子が亡くなった飽波宮跡であるという伝承があります。また、斑鳩と明日香を結ぶ太子道が現在も一部残っており、安堵町内を通っています。法隆寺の秋の太子道を歩くイベントでは、法隆寺から明日香の橘寺まで太子道(筋違道)を通って歩きますが、飽波神社に立寄ります。

今回のウォーキングのコースは次の通りです。

 JR法隆寺駅→御幸ケ瀬浜→下窪田杵築神社→常徳寺→板屋ケ瀬浜遠望→中家→馬場塚→中窪田杵築神社→聖徳太子像→中央公園→高塚→極楽寺→歴史民俗資料館→飽波神社→木戸池遺構(天理軽便鉄道跡)→JR法隆寺駅

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JR法隆寺駅
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天理軽便鉄道 新法隆寺駅(向い)附近
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レンガ造鉄橋跡
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富雄川(葛城山、金剛山を遠望)
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富雄川が大和川へ合流
 この辺りに御幸ケ瀬浜があり川港跡で、かっては帆をかけた「漁梁船」で賑っていました。 吉田吉右衛門家が荷継問屋を営んでいました。
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河川管理境界
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岡崎川と大和川の合流地点
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岡崎川ゲート(ゲートが閉まると岡崎川が内水となり、浸水する)
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岡崎川からゲート方面
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岡崎川に架かる橋、西名阪国道を潜る。
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蘇武の里と芹摘姫物語(前方は大和川の堤防、その先は広瀬神社)
 太子道が大和川にかかるあたりは蘇武の里とよばれています。芹の産地で芹摘姫伝説が残っています。
 聖徳太子に見初められた、菩岐々美郎女(ほききのいらつめ)は、この辺りで芹を摘んでいました。

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下窪田杵築神社(祭神 素盞鳴尊(スサノオの命)
  地蔵堂に美しい地蔵菩薩(木造、彩色、平安時代)像が祀られています。いつの頃か大和川を流れてきたという伝説があります。

鳥居
台風21号で境内の大木が裂けました。その後が生々しい。
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由緒
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拝殿
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常徳寺
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中家住宅(国指定重要文化財)
  大和を代表する大和棟の二重の掘を備えた、環濠屋敷で、敷地面積は3500坪あります。表門、主屋、新座敷、米蔵、新蔵、
牛小屋、持仏堂などが重要文化財に指定されています。

屋敷案内地図
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主門
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主屋
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掘を渡って竹藪を行く
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持仏堂(中家のお寺)
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馬場塚

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中窪田杵築神社

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十三重石塔(平安時代)
相輪が欠け7重になったが、元々は十三重石塔で下方に四仏の種字が彫られている。修理したとき、方向を間違えたようです。

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巨大 聖徳太子かかしオブジェ
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歴史民俗資料館
  平成5年に、今村家より寄贈された土地建物を修復しで、安堵町歴史民俗資料館を作った。

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庭園
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御衣黄
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今村勤三顕彰碑
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灯芯説明
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天理軽便鉄道路線
  大正4年、新法隆寺駅から天理駅まで9.2kmの鉄道が開通した。当初は一日13往復した。大正10年新法隆寺から平端駅の折り返し運転となり、昭和20年線路が軍に供出され廃線となった。

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飽波神社(祭神 素盞鳴尊、東・西安堵の氏神)
  聖徳太子が休憩した腰掛石がある。なもで踊りは江戸時代の雨乞い祈願成就の踊りである。絵馬がある。

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なもで踊りを特別に見せて頂きました。
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極楽寺(真言宗、聖徳太子建立46ケ寺の一つ)
 恵心僧都が諸堂を再建し、極楽寺と改めた。本堂に安置されている本尊阿弥陀如来は平安時代の定朝様で、重要文化財。脇侍の聖観音像は平安中期の木造で、安堵町指定文化財。本堂外のお堂に安置されている高さ4mの阿弥陀如来坐像は、広島大とよばれ、被爆広島の人々の心のよりどころになりました。今回は御簾が懸っており写真だけ拝観しました。

極楽寺山門
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天理軽便鉄道木戸池遺構

木戸池の堤のレンガの遺構が残る。
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