當麻路の史跡巡り(3)


鳥谷口古墳
 傘堂を西に行くと西大池を過ぎた二上山への登山道脇の丘陵の頂上付近に鳥谷口古墳があります。 この古墳は、飛鳥時代終末期の古墳で、一辺7.6mの方墳です。墳丘は版築で腰高に築かれており、山裾部には人頭大の貼石が葺かれていたそうです。

墓室は横口式石槨構造で、内部には漆塗り木棺が収められていました。底石や北側壁石に家形石棺の蓋石が使用されています。
この古墳は改葬墓の可能性が高く、大津皇子の墓であると考える説もあります。墳丘から明日香や多武峰、畝傍山などが一望できとても景色の良い所です。

それにしても、謀反の疑いで死を賜った大津皇子の墓にしては、転用の蓋石を使った石槨に葬られるなど、余りにも不遇の身が憐れを誘います。 伊勢の斎王であった、姉大来皇女の鬼気迫る、次の万葉歌が千数百年の歳月を越え、私たちの心をうちます。

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大津の皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大来皇女の哀傷して作らす歌二首
  「うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む」 (巻2-165)
  「磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が ありといはなくに」 (巻2-166)

 「神風の 伊勢の国にも あらましを なにしか来けむ 君もあらなくに」 (巻2-163)
 「見まく欲り 我がする君も あらなくに なにしか来けむ 馬疲るるに」  (巻2-164)
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鳥谷口古墳(奈良県指定史跡)説明板
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墳丘
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墳頂近く
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史跡指定
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石室が保護
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内部の石槨
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大和盆地
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畝傍山
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