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中国河南省の旅(2) 龍門石窟

  隋唐洛陽城の正門である定鼎門の南方約14kmの所を伊河(いが)が南北に流れ、河をはさんで東西両側の石灰岩の岩山に約1キロにわたって石窟や石龕が多数造られています。 遠くから見ると天然の門闕(もんけつ)のように見えるので、かっては伊闕石窟寺と呼ばれましたが、現在は皇城に至る門になぞらえて、龍門石窟と呼ばれています。

この地は風光明媚で、李白、杜甫ら唐の詩人がここに遊んで詩をつくり、なかでも白居易(はくきょい)は18年間東岸の香山に住み墓もあります。

 石窟の造営は北魏が大同から洛陽に遷都した494年前後に始まり、北魏滅亡(534年)で下火になりましたが、初唐・盛唐期に再び盛んになり、晩唐以降は急速に衰えました。石窟と石龕合わせて2100以上ありますが、その3分の1が北魏、3分の2が唐代の造営です。大部分は西の山にあります。今回は賓陽中洞の仏像および奉先寺の仏像を紹介します。

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伊河(河の左側が東山、右側が西山)
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西山参道
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石窟地図(西山、東山全体の石窟)
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賓陽洞
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石窟地図(東側から見た地図。左が南)
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石窟の下は伊河
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伊河の両側が門闕のように見える。前方は北で14キロ先に隋唐洛陽城がある。
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西山南端
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西山
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奉先寺盧舎那仏
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賓陽中洞
 「法隆寺釈迦如来像の源流は龍門石窟にある」(清水眞澄「仏像の顔」、p.29、岩波新書、2013)と言われています。釈迦如来坐像と2弟子、2菩薩立像で5尊形式の北魏の仏像が安置されていました。釈迦如来坐像は右手で施無畏、左手は与願印を結んでいました。

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奉先寺 盧舎那仏

盧舎那仏は則天武后が援助して造られました。そのため、お顔が則天武后に似ているそうです。写真では一部の仏像しか見えていませんでしたが、石窟をキャンバスとして自由闊達に多くの仏像が彫られていました。実物を見るととても迫力がありました。

盧舎那仏と2弟子、2菩薩(左が普賢菩薩、右が文殊菩薩)
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造像記の書
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