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矢田丘陵の周辺遺跡を歩く その8

「矢田丘陵の周辺遺跡を歩く」 その8(最終回)です。今回は小泉大塚古墳の報告です。

JR法隆寺⇒斑鳩大塚古墳⇒斑鳩文化財センター⇒上宮遺跡⇒駒塚・調子丸古墳⇒中宮寺跡⇒三井瓦窯跡⇒瓦塚古墳群⇒笹尾古墳⇒小泉大塚古墳⇒JR小泉駅

小泉大塚古墳(奈良県史跡、大和郡山市小泉町)

 矢田丘陵東南裾部の丘陵の最高所に所在する古墳時代前期前半の前方後円墳です。昭和37(1962)年に最初の調査、平成8(1996)年に再調査が行われ、平成11年に奈良県史跡に指定されました。前方部は古くから削平され住宅団地2棟が建っており、後円部は背の高い擁壁に囲まれているため円墳のように見えますが、1962年の調査では前方部の痕跡が残っていたと報告されています。

 墳丘は全長88メートルで前方部は西を向き、後円部は2段築成で径50m、高さ7m、前方部幅約40m、高さ2mです。葺石、埴輪は確認されていません。埋葬施設は南北方向に主軸をもつ全長5.5mの竪穴式石室です。 特に注目されたのがその構造で、平らに加工された自然石を積み上げ、上半部の石積みを序々にせり出して合掌形の天井をつくるという特異な構造になっていました。後に発掘された天理市の黒塚古墳の竪穴式石室のような構造をしていました。石室については大和郡山市HPの画像参照。

 石室内から銅鏡7、内行花文鏡3、二仙四獣帯鏡1、画文帯神獣鏡、獣首鏡などが出土しています。また、鉄剣、刀子、短冊形鉄斧、槍鉋、土師器(直口壺片2、二重口縁壺片1)が出土しました。出土した鏡は古い鏡群であり、土師器は布留Ⅰ式にあたるため、古墳の築造は3世紀後半から4世紀頃と考えられます。

この地域に古墳時代前期前半の古墳が存在するとは驚きです。

<看板>
IMG_9341s.jpg

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<看板書き下し>

県指定史跡 小泉大塚古墳
平成11年3月19日 指定

小泉大塚古墳は、古墳時代前期の前方後円墳である。墳丘は宅地造成により前方部と後円部裾部が削られているが、本来の規模は全長約90m、後円部径約50m、前方部幅約40mで、後円部は2段築成される。埋葬施設は、現在埋め戻されているが、後円部中央に構築された竪穴式石室で、奈良盆地の前期古墳によく見られる大阪府芝山(柏原市付近)産の玄武岩割石に加え、事例の少ない矢田丘陵産の片麻状花崗岩を用い小口積みしている。石室の内測規模は、長さ5.5m、北小口幅1.1m、南小口幅0.7m、現存高1.3m~1.5mで、床面には割竹形木棺を設置した際のU字形粘土床が設けられている。
本古墳は盗掘を受けているものの、昭和三十七年と平成八年の二次にわたる発掘調査の結果、石室内から鉄剣一点・鉄斧一点・刀子二点・鑿(のみ)一点・鉋(やりかんな)一点・銅鏡七面以上(内行花文(ないこうかもん)鏡、獣帯鏡、獣首鏡、画文帯神獣鏡など)、壺形土器片など多数の副葬品が出土し、現在橿原考古学研究所附属博物館で展示保管されている。なお、墳丘からは葺石や埴輪の存在が確認できなかった。
小泉大塚古墳は、奈良盆地西北部に所在する前期古墳の中でも数少ない竪穴式石室を主体部とする古墳であり、また銅鏡を大量埋葬する古墳の中では、三角縁神獣鏡を含まない点など、前期古墳研究の上で学術的意義の大きい古墳と言える。

平成十九年三月
                              奈良県教育委員会


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<小泉大塚古墳:後円部>

IMG_9405s.jpg

IMG_9404s.jpg


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