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2013年12月飛鳥寺西方遺跡現地説明会

 2013年12月14日、午前10時から明日香村教育委員会による「飛鳥寺西方遺跡」の発掘調査現地説明会がありました。本日は今年一番の寒さで、黒雲が厚い中、説明会の開始が待たれました。

 現場は飛鳥寺の西門跡付近にある入鹿の首塚から西の飛鳥川方向に向かって約100m離れた位置にあります。発掘現場は東西に細長い調査区です。

今回の調査で、石組溝、砂利敷、穴などを検出しました。柱穴であればどのような建物が建っていたかは、隣接した北側を発掘すれば、分かるかも知れません。次年度以降の調査が待たれます。

また広場が「槻の木の広場」であれば、槻の木の根でも出れば面白いのですが、現在の所まだ見つかっていません。しかし、今後見つかるかも知れません。


1.飛鳥寺西方地域の重要性

 飛鳥寺西方地域は日本書紀等に度々登場する歴史的な場所であり日本書紀に度々登場します。

 斉明天皇時代…飛鳥寺西に須弥山像を置いた。

 中大兄皇子と中臣鎌足…槻の木広場で蹴鞠を通し知り合った。

 壬申の乱…飛鳥寺西の槻の木の広場に軍営を置いた。

 天武・持統朝…蝦夷、隼人、多禰嶋人や都貨羅人を招いて槻の木広場で饗宴した。


飛鳥寺西方地域は槻の木があり大勢の人が集まった広大な広場があったと考えられる。

 
2. 発掘の成果

今回の調査で、石組溝、砂利敷、穴、素掘溝を検出した。

<写真1 発掘現場全景:後は飛鳥寺>

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<写真2 石組溝>
 東西26mにわたって検出された。1.3m幅で底石と両側に立てられた側石があった。
 深さ15cmであり、東より西に10cmの高低差があり、水が流れるようになっている。
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<写真3 柱穴 >
  穴の土は赤みを帯びた色をしてり、焼けた土と考えられる。合計で13個の穴があった。

DSCF0198_convert_20131214192808.jpg



<参考資料 日本書紀に見られる飛鳥寺西広場に関する記事>


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