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末永雅雄研究講座

3月18日13時30分から橿原考古学研究所で以下の3研究講座が開催されました。

1. 「武器研究と末永雅雄」池田市歴史民俗資料館館長 田中晋作氏 

講演の項目は以下の通り。
 1)はじめに
 2)狭山塾のこと
 3)古市古墳群での調査
 4)末永雅雄先生の武器研究
 5)おわりに

2.「日本刀と末永雅雄」刀匠 河内國平氏 
 末永氏は職人を非常に大事にしてくれ評価してくれた。末永先生には刀に焼きを入れるなと言われた。宮入昭平と末永雅雄が対面したときの話は面白かった。七枝刀は、厚い所と薄い所があり、枝の曲がり具合などから見て、鍛造ではなく鋳造ではないかと思っている。

3.歴史考古学と末永雅雄」 橿原考古学研究所長 菅谷文則氏   
 高校生のときメスリ山古墳発掘時に初めて末永雅雄先生にお目にかかった。関西大学入学以来ずっとお仕えしてきた。末永先生は戦前に唐古遺跡、橿原遺跡の発掘を大規模にやられたが凄いことだったと思う。
橿原考古学研究所では末永所長の命で、10年間にわたって飛鳥宮を主として法隆寺、東大寺の発掘調査を行った。現在、伝飛鳥板蓋宮とされている所は、真っ赤なウソで、天武天皇の飛鳥浄御原宮跡である。伝飛鳥板蓋宮跡の発掘をやっていて2年目に気づいて、末永所長に報告した所、研究所の研究会で報告せよと言われた。研究会で報告した所、先輩方に「飛鳥浄御原宮」などと軽々と言うなと凄く反対され、当初の伝飛鳥板蓋宮とされて今日まで至っている。また、その後エビノコを発掘したがそこから大きな建物跡が出てきて、そこは日本書紀の天武紀に7回も記述がある大極殿であると考え、研究会で報告したがそれも先輩所員から反対され研究所の世論にならなかった。もしあのとき、飛鳥浄御原宮ということにしておけば、古代史の研究が進んだのではないか。最近では末永雅雄先生の呪縛もとれて若い研究者の林部、小澤氏などが飛鳥浄御原宮であると発表している。私も、エビノコ殿は大極殿であるとあちこちで書いている。
 その他、末永雅雄氏や研究所に関する興味深い話を面白おかしく漫談されました。

感想:菅谷氏のお話は本年2月25日に三輪山セミナーで聞いた河上邦彦氏の見解と、伝飛鳥板蓋宮跡を飛鳥浄御原宮跡とすることでは一致しているが、エビノコ殿を大極殿とすることに関しては、河上氏は建物跡の玄関が西玄関であること等から殯宮としており、大きく見解が食い違う。現在、飛鳥京跡を尋ねると現地には「伝飛鳥板蓋宮」の看板があるだけで、それを真っ赤なウソであると言われると一般の見学者は戸惑います。奈良県教育委員会の看板の内容が真っ赤なウソであるなら、世界遺産登録を目指している現在、現地にせめてウソでない、正しい説明板を作って頂きたいと思った。

<伝飛鳥板蓋宮看板1>
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<伝飛鳥板蓋宮風景1>
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<伝飛鳥板蓋宮風景2>
DSCF2715_convert_20120319201928.jpg

<伝飛鳥板蓋宮看板2>
DSCF2723_convert_20120319202240.jpg
<伝飛鳥板蓋宮風景3>
DSCF2740_convert_20120319202118.jpg
<伝飛鳥板蓋宮風景4>
DSCF2725_convert_20120319202046.jpg
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