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6.18大阪北部地震で奈良交通のツアー中止

 2018年6月18日は、西山厚先生案内の奈良交通主催の『大和路再発見ツアー 玄昉が生きた時代』に参加すべく、8:00に車で自宅を出て近鉄奈良駅向すぐの集合場所へ行く予定でしたが、7:58分に携帯の地震速報とほぼ同時に、最初は突き上げるような揺れが、次いでガタガタと短周期の大きな横揺れが来ました。震度5弱の揺れでした。揺れ方からみてプレート沈む込みに伴う南海地震でないことはすぐに分りました。

 この家に住んでからは一番大きな地震でした。 さすがに耐震設計がされている軽量鉄骨の屋根の骨組に設置されている、ばねの役割をする仕掛けが機能して、ガタガタした揺れが、ゆらゆらとした揺れに変換されていました。 某積○ハウスの耐震設計を実感しました。

この日の地震によって大阪や奈良県下等の電車がすべてストップされているのをつゆ知らず、車で集合場所に着くと、奈良交通の担当の方が言うのには、本日の添乗員は郡山駅で足止めを食っているそうです。昨夜奈良で宿泊した数名と私と自宅より徒歩で来られた西山先生を囲んで玄昉のお話を、まじかでたっぷりとお聞きしました。

実は6月18日は、玄昉の命日であり、まさにその日に合わせてツアーが計画されたそうです。

海龍王寺 その2(国宝五重小塔)

 海龍王寺には飛鳥寺のようにかっては金堂が三つあり、中金堂、東金堂、西金堂がありました。中金堂(現本堂の位置)にはご本尊が安置されていました。 また、東金堂、西金堂内には五重小塔が配置されていたようです。西金堂は規模は大きくはありませんが、平城京内に存在する唯一の奈良時代の建造物で、重要文化財に指定されています。 

西金堂(重要文化財、奈良時代)
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看板
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内部に五重小塔
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妻側は二重虹梁
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五重小塔(国宝、奈良時代)
 西金堂内の五重小塔は高さ4.0mの工芸品ではありますが、奈良時代前期の建築様式を知るうえで重要な建築であり、国宝に指定されています。 これは、実際の五重塔の10分の1の模型になっています。 よく観察すると柱はわずかですが膨らみがあります。 組物は三手先です。軒は二重で飛檐垂木(ひえんたるき)は四角で、地垂木は丸い垂木で薬師寺東塔と似ています。

五重小塔
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一重~三重
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四重~五重
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角垂木と丸垂木
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聖武天皇から賜った寺の額
 本堂内に「海龍王寺」と書かれた寺門額が展示されており目にとまりました。「海龍」という字は行書体で、「王寺」という字は楷書体のきっちりとした字体で書かれており、一目見て気に入りました。 額縁は蓮華唐草が彫刻してあり、彩色も施されていたようです。この額は天平三年(731年)に聖武天皇から賜った額だそうで、すごく貴重な額だと思いました。 現在は重要文化財に指定しされています。この額をお手本として平城京朱雀門の額が作られたそうですが、あまり比較しない方が良いと思いました。

寺門勅額
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御朱印
 朱印帳を持って行ったので住職に書いて頂きました。「妙智力」の意味を説明した印刷物もはさんで頂きました。
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海龍王寺 その1(十一面観音)

2016年5月8日に海龍王寺に出かけ、特別ご開帳中のご本尊の十一面観音を拝観しました。また、この日は、ご本尊の背面を撮影した実物の5~6倍の大きさの画像パネルが特別展示されており、花や唐草の模様が「切金」によって造られている様子や、衣文の鮮やかな彩色を、真近で拝観することができました。

ご本尊は普段は厨子に安置されていますが、この期間だけ特別開帳されており、彩色が鮮明に残っており、光明皇后をモデルにしたのではないかと思ってしまうほど、法華寺のご本尊とよく似ていました。 この菩薩立像は、光明皇后が自ら刻んだ像を基に鎌倉時代に慶派仏師によって造られました。

特別公開では光明皇后筆と伝わる「自在王菩薩経」(奈良市文化財指定、奈良時代)が展示されており、大変興味をもって拝見させて頂きました。 この写経の書は、光明皇后の正倉院展で見た「楽毅論」の字体とは違って、大変きっちりとした、また女性らしくやさしく、なめらかな筆使いの書であり、驚きました。 巷で話をしていると、楽毅論だけを見て、光明皇后は書がうまくないと云われる方をお見受けしますが、この書を見ると違う印象を持ちました。

また弘法大師筆の「隅寺心経」(奈良市文化財、奈良時代)と称される般若心経の写経が展示されていました。弘法大師が唐に渡る前の若いときの写経のようですが、海龍王寺では玄昉が流布した般若心経の写経が盛んに行われていたことがわかります。大変貴重なものが残っているのだと思いました。

海龍王寺では愛染明王、文殊菩薩、聖徳太子像が残っていますが、聖徳太子7歳像は太子が自刻したものだと伝わっているようです。なかなか素敵なお像で、木肌が法輪寺の飛鳥時代の仏像に似ていました。

海龍王寺は藤原不比等邸を相続した光明皇后が、邸宅の北東隅にあった寺院を整備し伽藍を整え隅寺(海龍王寺)と称したことから歴史が始まります。光明皇后は735年に唐から帰国した玄昉を住持に任命しました。

平安京に都が遷都すると海龍王寺も衰退しましたが、鎌倉時代になると叡尊が真言律宗の寺院として伽藍の復興を進め栄えました。江戸時代は徳川幕府の庇護のもと寺院が維持されましたが、明治の廃仏毀釈で大きな打撃を受けました。昭和40年代に西金堂と経蔵の解体修理を行い現在に至っています。

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海龍王寺表門
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控柱の隅削
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屋根垂木の反り
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参道
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中門
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境内図
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本堂説明
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本堂(奈良市文化財、江戸時代)
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御本尊(ポスターより)
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経蔵説明
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経蔵(重要文化財、鎌倉時代)
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高床式
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西金堂(左)と本堂(右)
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東金堂跡
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本堂(左)と西金堂(右)
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海龍王寺

2014年5月1日~9日まで奈良市法華寺町の海龍王寺の本尊十一面観音立像が特別開帳されていました。本尊の十一面観音像は鎌倉時代の作で極彩色の美しい姿をしていました。寺伝によれば、海龍王寺は天平3年(731)に光明皇后が藤原不比等の邸宅地の東北隅に建立したと伝えられ、「隅寺」(もしくは隅院)と呼ばれました。

玄昉は唐から帰国途上、嵐に遭い東シナ海上で一心に海龍王経を唱え九死に一生を得て天平7年(735)3月、5千余巻の経典を携えて帰国しました。聖武天皇から海龍王経に因んだ寺号と勅額を賜りました。玄昉はこの功績により僧正となり、海龍王寺初代住持に任じられました。

平安時代に弘法大師(空海)は自身の渡唐の安全祈願のため一千日間参籠し、般若心経 一千巻を写経し大師の遺巻とされる写経(隅寺心経)が残されています。

鎌倉時代に叡尊が当寺に起居し授戒を行い、正応元年(1288)に殿堂坊舎を修復し、経蔵、舎利塔を建立しました。また、この時代の仏像仏画も多く残されています。延文元年(1356)の「南都海龍王寺寺中伽藍坊室之絵図」には、三つの金堂や講堂・食堂・東西両室・一切経などが見えます。

その後応仁の乱や慶長の地震などで壊滅的な打撃を受けましたが、江戸時代になると徳川幕府から知行百石を安堵され、本堂の修理や仏画の修復がなされ、「お役所代行所」としての役割も果たしました。

明治の廃物稀釈で東金堂や多数の什器類を失い荒廃していましたが、昭和40年から西金堂と経蔵の解体修理が行われ、以降境内の整備と修復が進められています。

【山門・両築地塀】室町時代、市指定文化財
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<中門>
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【本堂】江戸時代、市指定文化財
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<本堂の文化財>

【十一面観音立像】本尊 鎌倉時代、重要文化財
 5月のGW期間中、本堂のご本尊十一面観音立像を近くで拝顔しました。極彩色でふっくらとした顔立ちの素晴らしい仏像で、近くにおられた方々も「いいね」と感嘆の声をあげていました。個人的には法華寺の秘仏十一面観音とよく似ている気がしました。
【文殊菩薩立像】須弥壇西脇 鎌倉時代、重要文化財
【海龍王経】奈良時代
【隅寺心経】奈良時代 
【自在王菩薩経】奈良時代


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【西金堂】奈良時代、重要文化財
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<切妻の二重虹梁が美しい>
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<切妻の二重虹梁が美しい>
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【五重小塔】奈良時代、国宝
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【経蔵】鎌倉時代、重要文化財
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【東金堂跡】
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【松】
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<感想> 海龍王寺は歴史ある名刹であるのに、なぜかいつ来ても廃寺のような雰囲気がします。参道両側の樹木が伸び放題のため、そのような気になるのかなと思いました。ユキヤナギの木も繁茂力が凄いですからね。五重小塔は素晴らしかったです。一重から五重まで3間であるのが法隆寺五重塔と違いますね。組物がシンプルで美しい。 以上

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