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吉野山から喜佐谷越え宮滝へ その3

今回の報告は如意輪寺を出ていよいよ吉野杉が繁った喜佐谷を下り宮滝に出るルートです。
西吉野、黒滝、天川方面から伊勢参りするときは、吉野山から宮滝へ出て、吉野川沿いに国栖(くず)に行き、東吉野から高見峠経由で、櫛田川沿いに多気に出て、参宮街道を通って伊勢神宮へ詣でました。本居宣長は木俣から吉野山へ喜佐谷を上りました。

近鉄吉野駅→ロープウェイで山上駅→蔵王堂→吉水神社→勝手神社→五郎平茶屋→如意輪寺→稚児松地蔵→高滝→桜木神社→宮滝→吉野歴史資料館

<如意輪寺裏門>
 如意輪寺を来た方向とは逆の裏門から出て、バスが運行する観光道路へ出ます。如意輪寺のバス停がある道を横切って山道に入り、宮滝方面の道標を頼りに歩きます。

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<稚児松地蔵>
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<森林浴>
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<高滝>
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<山道の終点です>
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これから宮滝まで舗装された自動車道を歩きます。
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<桜木神社>
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<宮滝>
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<柴橋>
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【夢のわだ】 
 夢のわだとは、象(きさ)の小川が吉野川にそそぐ、大きな岩に囲まれた深淵のところといわれる(犬養孝著「万葉の旅」(上)p186、平凡社)。

「我が行きは 久にはあらじ 夢のわだ 瀬にはならずて 淵にもあらぬかも」
  (大伴旅人 万葉集 巻3-335 )

解説:大伴旅人は60歳越えてから、大宰帥となって平城京から大宰府へ赴いた。大宰府滞在のとき、ここ宮滝の「夢のわだ」を思い出して詠んだ歌です。 「大宰府滞在は長くはあるまい。あこがれの夢のわだよ、浅瀬にならないで、淵のままであっておくれ」の心持ちです。今回、訪れた「夢のわだ」は雨上がりの後だったせいか、水量豊富で「たぎ(滝)って」淵のままありました。

<夢のわだ>
象の小川が吉野川にそそぐところです。
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<夢のわだ>
左下で白いしぶきをあげている所が夢のわだです。
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<夢のわだ>
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<夢のわだ>
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吉野山から喜佐谷を越えてきましたが予想以上に谷は深く、象の小川の水量は豊富でした。象山の杉の山を維持している方々に敬意を表したい気持ちになりました。

大伴旅人の歌
「昔見し 象の小川を今見れば いよいよ清けく なりにけるかも」(大伴旅人 巻き3-316)
「我が命も 常にあらぬか 昔見し 象の小川を 行きて見むため」(大伴旅人 巻き3-332)

【滝の河内】
「山高み 白木綿花(しらゆふばな)に 落ち激つ 滝の河内(かふち)は 見れど飽かぬかも」
( 笠金村 万葉集 巻き6-906)

万葉人が歌に詠んだ宮滝の風景を目の当たりにし、万葉人のいぶきがじかに伝わってきました。
吉野山が全山桜に包まれる頃に今度は喜佐谷を登って吉野水分神社に参詣しようかな…

<宮滝遺跡>
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<離宮跡>
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<吉野歴史資料館>
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<三船山・喜佐谷・象山>
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吉野山から喜佐谷越え宮滝へ その2

今回は吉水神社から如意輪寺に至る風景の紹介です。過去の吉野山の本ブログも参照ください。

近鉄吉野駅→ロープウェイで山上駅→蔵王堂→吉水神社→勝手神社→五郎平茶屋→如意輪寺→稚児松地蔵→高滝→桜木神社→宮滝→吉野歴史資料館

<吉水神社>
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<後醍醐天皇玉座>
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<豊臣秀吉金屏風>
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<屋根工事中>
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<北闕門>
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<吉水神社庭から蔵王堂の風景>
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<吉水神社門前から中千本>
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<勝手神社>
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<如意輪寺方面>
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<五郎平茶屋>昼食
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<昼食後下ります>
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<如意輪寺表門>
五郎平茶屋から下って、上り返して到着する門は表門です。観光道路から着く裏門とよく間違えるので要注意です。道を間違えると山をさ迷います。

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<如意輪堂>
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<後醍醐天皇塔尾陵>
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<塔>
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<楠木父子石像>
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吉野山から喜佐谷越え宮滝へ その1

2015年3月21日両槻会の定例会で吉野山から喜佐谷越えで宮滝へ行ってきました。この日は雨も上がり晴天に恵まれ絶好のハイキング日和でした。吉野山の桜の蕾は少し膨らんできたように思いました。例年は4月11日ごろに見頃を迎えます。 この日の行程は以下の通りです。

近鉄吉野駅→ロープウェイで山上駅→蔵王堂→吉水神社→勝手神社→五郎平茶屋→如意輪寺→稚児松地蔵→高滝→桜木神社→宮滝→吉野歴史資料館

<出発>
昭和3年建設、国内現役最古のロープウェイ、吉野大峯ケーブル自動車株式会社、日本機械学会「機械遺産」に指定。
高低差103m、全長349m、千本口から吉野山まで約3分で到着。 桜シーズンはフル稼働、1時間4本、片道360円。
桜のシーズン中は乗客で長蛇の列です。待ち時間が長いので私は七曲り道を歩きますが、本日はロープウェイを利用しました。

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<建設年月 昭和3年5月のプレート>
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<吉野山駅>
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<ホームから下の風景>
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<黒門付近>
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<二王門(工事中)>
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<仁王>
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<蔵王堂>
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<額と提灯>
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〈四本桜と銅燈籠>
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<妙法殿>
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薫風そよぐ宮都 飛鳥

 2014年5月17日、両槻会第44回定例会のウオーキング行事「薫風そよぐ宮都 飛鳥」が実施されました。集合場所の近鉄橿原神宮前東口で受付を行い、本日訪れる遺跡などについての説明が書かれた50ページにも及ぶ分厚い資料が渡されました。

 この日は晴天に恵まれ、午前中は涼風に吹かれて、午後は日差しがきつくなりましたが、一日中飛鳥歩きを楽しみました。今回の定例会はいつもと違い、帝塚山大学考古学研究所と共催で行われたため、若い学生も多数参加し、途中のポイントで学生の説明もあり、活気のある飛鳥歩きとなりました。コースは以下の通りです。

近鉄橿原神宮前東口~豊浦寺跡~水落遺跡~飛鳥寺跡~入鹿首塚~飛鳥坐神社~東垣内遺跡~飛鳥資料館(昼食)~飛鳥寺西方遺跡~弥勒石・木の葉井堰~飛鳥京苑池~飛鳥京跡~エビノコ郭~橘寺~川原寺跡~近鉄飛鳥駅

<甘樫丘にて>

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金剛山と葛城山
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金剛山・葛城山・二上山へとダイヤモンドトレイルが続く
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二上山と畝傍山
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東側:旧飛鳥寺寺域
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<豊浦寺跡>
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<現 向原寺>
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<甘樫坐神社>IMG_5981s.jpg

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<水落遺跡>IMG_6024s.jpg

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<飛鳥寺跡>IMG_6038s.jpg

<入鹿首塚>
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<弥勒石>
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<飛鳥京跡>
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<川原寺跡>
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川原寺模型:飛鳥資料館
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両槻会第43回定例会(続き)

 前回の続編です。両槻会第43回定例会「塔はなぜ高いのかー五重塔の源流をさぐるー」の講演は、午後1時より飛鳥資料館の講堂で京都府立大学の向井佑介先生により約2時間半に渡って行われました。詳細は、まもなく両槻会のHPにUpされますので参照ください。

 講演テーマは五重の塔の源流をさぐるということでしたので、飛鳥寺などの五重塔の直接の源流をたどり、中国や古代朝鮮のお寺の塔のお話かと予想しておりましたが、仏教発生地のインドに遡って根本から塔の源流をさぐる壮大なお話でした。インドにも中国の敦煌や雲崗にも行ったことがないのでスライドを見ているだけで楽しかったです。

1.インドとガンダーラの仏塔

 最古の仏塔(ストウーパ)は小さかったというお話しから始まりました。仏陀の入滅後その遺骨が八つの部族に分けられ、舎利を分配したバラモンと別の人々も灰をかき集めて仏塔を造ったので合計10ケ所に仏塔がつくられました。その一つがインドのガンジス川の北ヴァイシャーリーにある“最古の仏塔”です。1950年代に発掘され、直径8mほどの小さな土の塔の基部から舎利容器が出土しました。この小さな仏塔を保持したまま、周囲を煉瓦で覆い4次にわたる拡張(「増広」というそうです)が行われました。ストウーパは建て増しでどんどん大きくなった。寄進者や供養者は既存のストウーパを建て増しすることによって、信仰の深さを示し、功徳などを得ようとしたのであろう。
インド、ガンダーラでは100mを超えるストウーパが作られるようになった。

<スライドの写真:タンガイ寺院址出土ストゥーパ>

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2.仏塔の東伝

紀元前1世紀、後漢の時代に仏教がインドやガンダーラから伝わった。中国ではそれまでに楼閣(見張り台)が作られており、高層建築物があった。仏塔が伝来しストゥーパと楼閣建築が融合し仏教建築物が作られた。湖北省菜越三国墓から二階建ての屋根に銅盤を載せた塔の明器が出土した。また河北省桑壮漢墓からも楼閣明器が出土している。

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3.仏塔寺院東伝の足跡をたどる

仏教寺院東伝の足跡として中国雲崗の石窟や敦煌の石窟中心柱についての解説がありました。
「中国雲崗の石窟第2洞は三重塔を表わした中心柱窟である。搭の上を天蓋が覆い、その上には龍が盤踞する須弥山の山岳が天上へ連なっている。須弥山の上は、飛天が旋回し、大蓮華が開く天上世界である。すなわち天空に高くそびえる塔を通じて須弥山のはるか上方にある兜率天へと昇ってゆく構造になっている。」(向井先生「定例会資料」より)。

<雲崗石窟第2柱>

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<敦煌莫高窟第260窟>

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4.仏塔と天上世界

 武帝時代に仏教が伝来したという伝説がある。崑崙山に西王母がおって不老不死の薬をもらえば仙人になれるという神仙思想があった。仏陀は中国の神と同格の神として受け入れられた。揺銭樹(銭のなる木)の仏像などが出土している。不老不死を司る神が西王母で、それに仏陀が置き換わる。どちらも同じ役割。現生利益を得られるものとして受け入れられた。


<須弥山世界>

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なお、法隆寺の大宝蔵院にある玉虫厨子に描かれている須弥山図は海中に竜宮城のような宮殿があり、海中から昇り龍が須弥山まで登っており、須弥山上に宮殿が描かれている。兜率天は不明。


<法隆寺五重塔塔本塑像>

法隆寺五重塔1重目の塑像には、須弥山の塑像があり、釈迦の物語りが、時系列的には、東面ー>北面ー>西面ー>南面
と左回りに構成されているが、インドでは塔の廻りを右回りに廻るようになっている。

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