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初瀬街道を行く その4(最終回)

近鉄長谷寺駅⇒長谷寺門前町⇒朱の鳥居跡⇒十二柱神社⇒流れ地蔵⇒白山神社⇒春日神社⇒玉列神社⇒阿弥陀堂⇒城島公園

朝倉小学校付近
   朝倉小学校付近に伊勢街道が通っており万葉歌碑があります。また、近くに脇本集会所があります。
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春日神社
 1603年(慶長8年)建立の本殿は三間社春日造で組物や虹梁など細部の手法が優れています。


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脇本遺跡
 昭和59年の発掘調査で5世紀後半~6世紀初頭の宮殿跡が出土し、第21代雄略天皇の泊瀬朝倉宮跡と推定されています。2012年に行われた脇本遺跡第18次調査現地説明会本ブログ記事参照。

玉列(たまつら)神社
 旧伊勢街道沿いに大神神社の境外摂社で式内社の玉列(たまつら)神社があります。この神社は椿祭で有名で古くは玉椿(たまつばき)大明神ともよばれていました。祭神は大物主の子である玉列王子(たまつらのみこ)神です。玉列は魂貫を意味します。また、配神として天照大御神と春日大神の2神を祀っています。

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阿弥陀堂
 阿弥陀三尊像を安置しています。桧の寄木造りで、定朝様の作風で平安時代後期の作です。境内に県指定の「欅の巨木」があり推定樹齢800年です。

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初瀬街道を行く その3

近鉄長谷寺駅⇒長谷寺門前町⇒朱の鳥居跡⇒十二柱神社⇒流れ地蔵⇒白山神社⇒玉列神社⇒阿弥陀堂⇒城島公園

流れ地蔵

十二柱神社を出て旧道を進み国道165線に合流し桜井方面へ歩くと、道沿いに本瓦葺き宝形造りのお堂があります。桜井市出雲区の説明板に、出雲の流れ地蔵とありました。室町時代の花崗岩製の地蔵石仏で上半身だけ地上に出し、腰から下は土に埋まっている風変わりな地蔵さんとして有名だそうです。1811年(文化8年)の大洪水で初瀬川上(長谷寺の桜の馬場)から流されてきた石仏を出雲村の人たちが助けて祀ったと語り継がれています。

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白山神社
 
流れ地蔵を出て国道165線沿いを桜井方面へさらに歩くと白山神社に到着する。この地は雄略天皇泊瀬朝倉宮伝承地の一つで、保田輿重郎氏揮毫の「万葉集発耀讃仰碑」及び雄略天皇の歌碑が建っています。白山神社参道入り口は国道を渡ってしばらく行ったところにあります。

<白山神社入口>
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<参道が国道で寸断されている>
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<万葉集発耀讃仰碑>
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<雄略天皇歌碑>
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初瀬街道を行く その2

近鉄長谷寺駅⇒長谷寺門前町⇒朱の鳥居跡⇒十二柱神社⇒流れ地蔵⇒白山神社⇒玉列神社⇒阿弥陀堂⇒城島公園

12柱神社
   国道165線に沿って桜井方面へ歩き、出雲辺りに来ると国道沿いに12柱神社方面への矢印が付いた標識があるので、それに従って旧道へ入りしばらく行くと、鎮守十二柱神社がある。天神7柱、地神7柱を祭神としている。

<国道165線沿十二柱神社標識>
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<十二柱神社入口>
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野見宿祢五輪塔

境内入口の右側石垣の上に野見宿祢の五輪塔と称する鎌倉時代の五輪塔がある。元は300m南に塚と五輪塔があったのをこの地に移したと看板に説明がありました。

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 狛犬台石の力士人形型

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武烈天皇泊瀬列城宮跡碑

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本居宣長が歩いた初瀬の道

 2014年3月1日桜井市観光ボランティアガイドの会担当の「菅笠日記の旅⑤」“本居宣長が歩いた初瀬の道”と題するウォーキングイベントが開催され、曇り空の下200名を越える参加者が大神神社から長谷寺まで約10キロの道のりを歩きました。最後に急坂がありましたが、愛宕山から長谷寺を眺望した景色は本居宣長も「えもいえず」と絶賛したように素晴らしい景色を眺めることができ、急坂登りの苦労が報われました。

 本居宣長は43歳の明和9年(1772)3月5日から14日まで10日間松阪から吉野水分神社へ参詣し、①吉野②高取③飛鳥④橿原⑤桜井⑥榛原、を旅した旅行記を「菅笠日記」として残しています。奈良県観光ボランティアガイド連絡会では①~⑥の各市のボランティアガイドの会がリレーし、菅笠日記の後を巡るイベントを主催しています。

今回は桜井市観光ボランティアガイドの会が担当する以下のコースを巡りました。

JR三輪駅~一の鳥居~大御輪寺(若宮神社)~大美和展望台~大神神社~海柘榴市跡~追分(慈恩寺)~脇本遺跡~出雲(十二柱神社)~朱の鳥居~伊勢辻~長谷寺門前~化粧坂~近鉄長谷寺駅

【一の鳥居】
本居宣長は旅の8日目に八木を出て大神神社の一の鳥居前に来ています。
一ノ鳥居は現在ある高さ32mの大鳥居から少し離れた、旧上街道のそばにあり、ここをくぐると大神神社まで松並木の参道が続いています。

<写真>
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【大御輪寺(若宮神社)】

 現在は大直禰宜子を祭神とする神社で若宮となっていますが、本居宣長の時代は大御輪寺とよばれていました。宣長は大御輪寺に立ち寄り、「二王門、三こしの塔なども有りて、堂は十一面観音にて、三輪の若宮と申す神も、同じ堂のうち、左のわきにおわします」と書いており、明治の廃仏稀釈以前の大御輪寺には三重の塔があり、十一面観音と若宮が祀られていたことが伺えます。作家の白洲正子さんが絶賛した桜井市聖林寺にある国宝の「十一面観音」や法隆寺大宝蔵院の国宝「地蔵菩薩像」は「大御輪寺」にあったものです。

 <写真>
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【大美和展望台】

<写真>
 かなりかすんでいましたが、大和三山が横一直線に見えました。
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【海柘榴市跡】
  古代の海柘榴市の跡がこのあたりにありました。607年に聖徳太子が小野妹子を遣隋使として派遣したとき、その翌年に答礼使裴世清を飾馬75匹を遣わして海柘榴市の路上で迎え、額田部連比羅夫が挨拶を述べたと言うことが日本書紀に書かれています。

<馬出橋>
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<答礼使を迎えた様子を描いた壁画>
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<飾り馬75匹にあやかる>
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<ガイドの説明を聞く参加者>
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<仏教伝来説明板>
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【欽明天皇の磯城嶋金刺宮伝承地碑】
欽明天皇磯城嶋金刺宮伝承地の碑は以前は桜井市水道局の敷地内に建立されていましたが、最近、新道路建設に伴いこの地に公園を作り、磯城嶋金刺宮伝承地碑を水道局からここへいつの間にか移動されていました。

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【追分(慈恩寺)】
  古代の交通の要衝で三差路となっている。松阪方面、多武峯・吉野、三輪方面への分れ道である。
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<椿まつりポスターがありました>
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【黒崎】

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【黒崎の白山神社(雄略天皇泊瀬朝倉宮伝承地)】
 黒崎の白山神社付近が雄略天皇の泊瀬朝倉の宮伝承地の一つです。本居宣長は「此のあたりは朝倉宮列木宮などの跡と聞こしかば、いとゆかし」と記しています。また、「家ごとにまんじゅうというものをつくりてうるなれば、あるじの年おいたるがみゆる家見つけて、くひに立よる」とかいています。最近、長谷寺の門前町でこの「夫婦まんじゅう」を売り出す店ができました。

白山神社境内に万葉集発祥の地碑、雄略天皇の万葉歌碑がありました。

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<雄略天皇の歌碑 万葉集巻一の一 万葉集最初の歌ー>万葉集発祥の地>
 「籠もよ み籠もち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜採ます児 家告らせ 名告らさね そらみつ
大和の国は 押しなべて 我れこそ居れ しきなべて 我れこそいませ 我れこそば 告らめ 家をも名をも」


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【出雲(十二柱神社)】
 桜井市の出雲にある十二柱神社です。神代7柱と5柱をお祭りしているので十二柱神社と呼びます。野見宿禰は桜井の出雲出身の人としされています。第11代垂仁天皇に召されて、桜井市穴師カタヤケシの地(相撲神社がある)で當麻蹴速と天覧相撲をとって勝利を収めたとされています。

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<台座を四人の力士が支える珍しい狛犬>

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<五輪塔:鎌倉時代初期>

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<武烈天皇泊瀬列木(なみき)宮伝承地>
 武烈天皇の宮が十二柱神社付近にあったと伝承されています。本居宣長は列木の宮について「いとゆかし」と書いています。

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<朱の大鳥居:長谷門前町>
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<連歌橋>

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<長谷寺門前方向>

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<大銀杏:源氏物語玉鬘に出てくる場所>


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<朱橋上のベンチから長谷寺を眺望する>
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<化粧坂を登って行きます>
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