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奈良西大寺展(2)

称徳天皇像(江戸時代、住吉広保作、絹本着色、縦127.9cm、横55.6cm)
 本日8月4日は称徳天皇の命日で、西大寺では毎年この日にこの絵を掲げて年忌法要が営まれています。今年は、あべのハルカス美術館へこの画軸が出展されていますので、ハルカス会場で法要が営まれるようです。西大寺で営んだ方が、ふさわしいとは思いますが…。
 色鮮やかな赤と緑の素敵な着物姿の称徳天皇は内裏の御簾の中の畳の上に置かれた座布団にお座りになっています。展示番号1番ですので、誰もがお目にかかる場所に展示されています。

興生菩薩坐像(2016年国宝指定、鎌倉時代、木造彩色)
  叡尊がまだ存命中の80歳のとき、1280年に、仏師・善春(父善慶)らによって彫られた寿像です。像内から五輪塔、梵網経などの経典、授菩薩戒弟子交名など多数の納入品が出土しました。叡尊がいかに多くの弟子達から慕われていたかが分ります。この叡尊坐像の像高は91cmしかありませんが、法衣の上に袈裟を着け、左手に払子をもった威厳ある風貌、特に眉のあたりの特徴は一目で叡尊と分ります。真言律宗関係寺院では、これを手本とした像が安置されています。2016年この像は国宝に指定され一躍有名になりました。

愛染明王坐像
 本ブログの過去の記事参照下さい。

聖徳太子16歳孝養像
 鎌倉時代には仏教興隆の恩人として聖徳太子への尊崇が高まり孝養像や2歳像が多く造られました。今回の展示では元興寺所蔵の孝養像(鎌倉時代、仏師善春作)をゆっくりと拝観しました。余談ですが聖徳太子16歳孝養像は、ハワイのホノルル美術館でも拝観しました。本ブログ記事参照

奈良西大寺展(1)

 あべのハルカス美術館で開催中の「創建1250年記念 奈良西大寺展 叡尊と一門の名宝」大阪展(7月29日(土)~9月24日(日))に行ってきました。 西大寺本堂の本尊釈迦如来立像(重要文化財、いわゆる京都清凉寺式釈迦如来像)や2016年に国宝に指定された西大寺叡尊像、愛染明王像、また京都・浄瑠璃寺の吉祥天立像(重要文化財)など名品がずらりと展示されており、なかなか見ごたえがありました。 

塔本四仏坐像(8世紀末、木造)
 塔の初層の4方向に安置されていた仏像で、西大寺創建時に近い時代の仏像である。 法隆寺では塑像が4面に配置されているが、4体の仏像ー釈迦如来、阿弥陀如来、宝生如来、阿閦如来ーが安置されていた。展示会場では東西方向の表示はなかったので不明。
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  叡尊は鎌倉時代に大和郡山市白土町で生まれ、文殊菩薩を信仰し、当時の奈良仏教の退廃に失望し、鑑真に帰れと、真言律宗を興し、西大寺の中興の祖となりました。当時、叡尊は忍性など多くの弟子たちを巻き込み、慈善事業を行い、貧しい民衆に救いの手をさしのべました。京都の平等院近くの宇治橋は叡尊一門が造りました。中州に建立された十三重石塔が洪水で倒れ、中から出てきた数々の品物が展示されていました。

釈迦如来像
 叡尊が京都清凉寺の本尊釈迦如来立像を模刻させた像で、現在は西大寺本堂のご本尊です。 翻波式衣文の彫刻がとても美しい。清凉寺像の元の像は、鑑真がその像を見て僧になることを決意したという、エピソードが残されています。

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愛染明王像(8/29-9/24)
 西大寺愛染堂の本尊は後半に展示されます。
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本ブログ叡尊関連記事:百毫寺(過去の記事)


吉祥天立像は今回の展示の中では際立っていました。浄瑠璃寺では特別公開のとき御厨子に入った姿を拝観しましたが、今回は360度拝観できましたので圧巻でした。

吉祥天立像(京都・浄瑠璃寺、重要文化財、鎌倉時代、桧木造彩色、像高90cm)
  京都・浄瑠璃寺本堂の厨子に安置されている吉祥天像です。左手に宝珠をもち、右手を垂下し、直立する姿は華麗であり、
  90cmの像とは思えない肉感がある。 同色系統のグラデーションがとても色鮮やかです。
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西大寺

1月16日~2月4日、奈良市西大寺では愛染堂のご本尊で普段は秘仏として厨子に安置されている愛染明王座像(国重要文化財)の特別開扉を行っており、1月16日に拝顔しました。

1.愛染堂

<写真 愛染堂>
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【秘仏愛染明王坐像】(重要文化財)

愛染明王座像は宝治元年(1247)叡尊の念持仏として仏師善円が造った像で鎌倉時代の愛染明王としての代表作です。木造彩色、像高34cmの小さい像ですが普段は厨子の中に安置されているので保存状態がよく赤い色が鮮明に残っています。愛染明王は憤怒の表情をしており、紅の彩色や衣紋の金色が残り、飾りの細かい模様まで刻んであります。また、鏑矢を持っています。弘安4年の元の蒙古軍が襲来したとき、叡尊の祈祷が効いて、愛染明王がもつ鏑矢が音を立てて西方に飛び、蒙古軍を打ち破ったという伝説があるそうです。

<写真 愛染明王坐像(ポスタより)>
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西大寺の由来

1.創建:奈良時代の天平宝字8年(764)称徳天皇が鎮護国家と平和祈願のために七尺の金銅四天王像の造立を発願     した。
2.造営:天平神護元年(765)~宝亀末年(780)
3.境域:東西十一町、南北七町(約48ヘクタール)
4.建物:薬師堂、弥勒堂、東塔、西塔、四王堂院、十一面堂院など百数十宇を並べた。
5.位置付け:東の東大寺、西の西大寺(官大寺)
6.平安時代:再三の災害 大伽藍も衰退した。
7.鎌倉時代:叡尊(1201~1290)が復興した。真言律宗の総本山


西大寺文化財(拝観した主なもの)

<写真 門>
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2.四王堂 
創建時の由緒を伝える唯一のお堂。現在の堂は延宝二年(1674)の建立。東西九県、南北七間の簡素な重層建築。

<写真 四王堂>
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【十一面観音立像】(重要文化財)(木造漆箔、像高638cm)
 正応2年(1289)、叡尊がなくなる前年に亀山上皇の院宣により京都より移された藤原彫刻で、像高6m38cmもある巨大な像で、現在は四天堂の本尊である。長谷寺式観音像で右手に錫杖、左手に花が開いた蓮が入る水瓶を持ち、岩座に立つ。現在ある化仏、持物、金箔は近世の作。

【7尺の金銅製の四天王像】(金銅四天王邪鬼四体:重要文化財)

西大寺創建時最初に7尺の金銅製の四天王像が造られ四天王堂に安置された。創建当初のものは邪鬼だけが残っているが何度も火災にあっているので溶けた後が見られ
持国天、増長天、広目天の天部は後世の再鋳で金銅製。多聞天は文亀以降の木造補作。

3.聚宝館

<写真 聚宝館>
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【金銅宝塔】(国宝)

【吉祥天女立像】(重要文化財)

【塔本四仏坐像】(重要文化財)

【行基菩薩坐像】(重要文化財)

【大神宮御正体及び厨子】(重要文化財)
 
4.本堂

<写真 本堂>
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【釈迦如来立像】(重要文化財)(木造寄木造)

 釈迦如来立像は本堂のご本尊で重要文化財である。この像は、叡尊が建長元年(1249)に発願し、京都嵯峨野清涼寺の奝然が宋から持ち帰った釈迦如来像を、仏師法橋善慶ら11人に命じて模刻した像である。像は桧材の寄木造りで衣には蓮唐草の切り金円紋が押してある。この時代に流行した清涼寺式釈迦像の代表例である。

<写真 チケットより>
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【文殊菩薩騎獅像及び四侍者像】(重要文化財)(木造彩色)

 文殊菩薩騎獅像は像高90cmで重要文化財である。文殊菩薩は西大寺叡尊が非常に信仰した仏で、弟子たちが叡尊の13回忌に当たる正安四年(1302)に追善と思慕を込めて造った。中尊の左右に2体ずつの侍者が安置されているが向かって右手前の善財童子像は、灰谷健次郎が小説「兎の眼」で取り上げてから良く知られるようになった。

<写真 善財童子(西大寺の封筒の図)>
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<写真 西大寺各堂チケット(共通券1000円)>
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