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鑑真和上の足跡をたどる講演会

 2月19日午後1時半から奈良県王寺町地域交流センター リーベルホールで開催された第28回歴史リレー講座は、90分間にわたる帝塚山大学教授西山厚氏による熱いお話で会場は沸騰しそうでした。「鑑真和上の足跡をたどる」と題する講座で、本ブログでも紹介している中国揚州や鹿児島秋妻浦のお話もあって盛り沢山の話がありました。西山先生は初めに、鑑真が奈良時代に、苦労の末に、日本にやってきたことは誰でも知っているが、詳しいことをすらすらと言える人は少ないと思われるとのべ、鑑真の来日の経過を熱く語られました。

 鑑真は中国南部の揚州で生まれました。当時、中国の政治の中心は北部の長安や洛陽でしたが、南部の揚州は文化の中心でした。揚州と西安・洛陽とは、運河でつながっており水運が発達していました。

鑑真船出の古渡
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瓜州古渡し: 運河は揚子江を経由し、大海を越え日本へ通じている。第6回目の渡航では、わずか5日で屋久島に到着した。
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揚州文峰寺付近の古運河
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鑑真が日本へ渡ったときの埠頭
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揚州市内は運河が縦横に通じている
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鑑真は14才で大雲寺に入り得度しました。 鑑真は父に連れられ大雲寺へ行き、そこの仏像を見て感動して僧になったということです。 仏像を見て感動して僧になったという話は珍しいそうです。 その仏像は、120年前までは北京にありましたが、焼けてしまったそうです。

鑑真が得度した中国揚州大雲寺跡
大雲橋
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鑑真出家の地の記念碑
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竹西公園
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実はその仏像の模刻像が京都の清凉寺にあります。平安時代に東大寺の僧が中国でその仏像を見て感激して刻んだ像で、お釈迦さまの等身大の像です。
 
鑑真は、戒(個人が守るべき規則)・律(教団が守るべき規則)の高僧でした。仏教で一番大事な考え方は「生き物を殺さない」、「殺生しない」、という考え方です。 殺生しないという戒をもつ宗教は珍しいそうです。キリスト教、イスラム教、神道は生き物を殺してはいけないという戒をもたない宗教だそうです。仏教とジャイナ教以外は殺生は許されるそうです。 大事な戒が250ほどあって、資格を持つ10人の高僧の前で、戒を守ることを誓う儀式を受戒と言います。 鑑真の下で授戒した弟子は実に4万人もおり、鑑真は多くの人から敬愛されていました。

 奈良興福寺の僧であった栄叡と普照は朝廷の意向を受けて中国に渡り、戒を授ける資格を持つ10人の僧を日本へ将来することを使命としていましたが、10年近くも中国に滞在していましたがなかなか見つかりませんでした。 そうしたとき、栄叡と普照はたまたま揚州の大明寺に高僧鑑真が滞在していることを聞き、鑑真を訪ねて、10人の僧を日本へ派遣して頂くようお願いしました。

運河を船で渡り大明寺近くの埠頭に到着しました。

乗船埠頭
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三重門
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大明寺九重塔
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船着き場付近

鑑真一行
前進座が「天平の甍」を中国で公演したときの嵐圭史さんらの像を彫ってあるそうです。

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大明寺山門
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鑑真は弟子たちに誰か行く人はいないか尋ねた所、誰も行こうというものはいなかった。そこで、鑑真自らが日本へ行くことを弟子たちに伝えた所、鑑真に従って日本行きを承諾する弟子がたくさん名乗り出ました。

 大明寺には近年9重の塔が建てられ私もこの塔に登ってきました。その2重目に唐招提寺が大明寺に贈った鑑真将来の仏舎利が3粒水晶の舎利塔に入れられ展示されていました。



大明寺九重塔(栖霊塔)
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仏舎利(唐招提寺贈呈)説明
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仏舎利
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鑑真は栄叡と普照に長屋王の詞「山川異域、風月同天」詞を紹介し、日本行を承諾しました。長屋王は大臣の要職にあったとき、中国の僧に千着の袈裟を贈り、その袈裟に「風月同天」の詞が刺繍してありました。平成26年9月8日、揚州で中秋の名月を見ようという、ツアーで撮った写真を紹介します。このとき、神戸でも同じ月を観ているという電話が紹介されました。

門に書かれた風月同天の額
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鑑真記念館
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鑑真記念碑(大明寺高僧の説明)
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遣唐使船
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当時中国には、許可なく海外へ出てはいけないという法がありましたが、鑑真は国禁を犯してまでも日本へ行く固い決心をしました。鑑真は何故国禁を犯してまでも日本行を決意したのか?それに対する答えは、一人ひとりが永遠に問い続ける必要のある問であると、西山先生は話されました。西山先生も答えは分からないそうです。

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鑑真は以下の通り5回日本行を試み、密告等で当局に捕まり、あるいはベトナムまで流され、やっと6回目に遣唐使船で鹿児島の坊津に上陸しました。
(1)鑑真は天台山の国清寺に行くと称して船を用意し、日本行を準備したが、海賊と通じていると密告され捕えられた。しかし、海賊とは通じておらず、無実だとして釈放されました。
(2)船に185人が乗り大集団で日本へ渡ろうとした。仏教関係だけでなく色々な人が乗っていたが、舟山(舟山群島沖)の沖で船は難破して沈んだ。鑑真は寧波の阿育王寺に収容された。このお寺には、お釈迦様のお骨である仏舎利が祀られていることで有名なお寺です。
(3)密告されて栄叡が捕まり、牢屋へ収容されるも、脱獄する。
(4)南の天台山へ向かう。総勢30人余り。国清寺へ入る。次に、天台山から南へ下る。弟子栄祐に密告され、鑑真一行は捕まり、揚州へおくられる。
(5)総勢35人、揚州から新運河で、揚子江へ出る。瓜州古渡から揚子江経由で、外洋へ。舟山群島沖で難波。栄叡は病気で死亡、普照は去る。鑑真は『私は必ず日本へ行く』と言った。これまで、に鑑真の弟子達は実に36人も死んでいる。
(6)藤原清河を大使とする遣唐使船の第2船に乗って鑑真は日本に来た。第一船は藤原清河(光明皇后の甥)が乗ったが遭難して行方不明となったが、第2船の鑑真一行が乗った船は鹿児島県坊津に到着した。鑑真は6回目の渡航で日本へやってきました。このとき、鑑真は3千粒の舎利をもって日本へやってきましたた。おそらく阿育王寺で入手したものではないかと推測されます。
  
つづく


  









瓊花の花咲く唐招提寺

2016年5月2日、「瓊花」(けいか)の花を見に唐招提寺へ行ってきました。今年は花の咲くのが早く、ほとんど散ってしまっているかなと心配しましたが、あの清楚な五弁の花びらの瓊花が、まだまだあたり一面に咲き誇っていました。本当に綺麗で香りも良い瓊花に今年もお目にかかれて嬉しかったです。

瓊花とは(説明板より)
鑑真和上の故郷中国揚州の名花
瓊花は鑑真和上の故郷である中国・揚州の花であり、かつて隋の皇帝・煬帝が大変お気に召されたため、それ以来門外不出となった名花。境内の瓊花は特別に頂いた国内でも貴重な株となります。

南大門
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境内案内図
境内一番奥の御影堂の左側の庭に瓊花の花が植えられています。年々樹木と株が増えているように思います。境内一番奥の右にある鑑真和上の御廟にも瓊花の株が植えられています。
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金堂
南大門を入ると修理を終えた勇壮な姿の金堂が目にとびこんで来ました。まずは金堂の三尊(右から薬師如来、盧舎那仏、千手観音)を拝観してから御影堂へ瓊花の花を見にへ行きました。奈良時代の仏像を拝観するとなぜか心が落ち着きます。

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開山堂前
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開山堂
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御影堂山門
御影堂は修理のため今年は東山魁輝画伯の青い襖絵は拝観できません。鑑真和上像は新宝蔵館で拝観できるようです。

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瓊花園はここが入口(2016年5月2日)
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中興堂
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御影堂
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瓊花の説明
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瓊花園1(年々株が増えているようです)
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瓊花園2
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瓊花園3(蔓がぐぐっと伸びています)
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瓊花園4(五弁の清楚な花弁です)
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瓊花園5
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瓊花園6(蔓が大きくカーブして地面に触れそうです)
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藤と瓊花
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御影堂妻側
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鑑真和上御廟前燈籠
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鑑真和上御廟
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瓊花
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中国首相趙紫陽お手植え瓊花の碑
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唐招提寺戒壇

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戒壇
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唐招提寺 御影堂供華園の「瓊花」

2015年5月4日唐招提寺・御影堂供華園での「瓊花(けいか)」特別開園(4月26日~5月6日)に行ってきました。

瓊花は鑑真和上の故郷中国江蘇州・揚州市の名花で「皇帝の花」と称され、白いガクアジサイのような可憐な花を咲かせます。これまで話には聞いていましたが、今日やっと本当の花を見ることが出来ました。紫陽花とは違って樹木は蔓性の茎をしておりしだれるようになっており、その頂点から地面近くまで、広角に白い可憐な花を咲かせていました。

今年は4月後半急に暑くなったため開花が早く白い花びらが地面に散っていましたが、まだまだたくさんの花を見ることができました。

鑑真和上ゆかりの中国揚州でも鹿児島の秋目浦でも樹木だけは見ましたが、鳴神のような評判の瓊花の花をやっと「今日みつるかも」です。

現在、花を咲かせている瓊花は、鑑真和上遷化1200年の1963年に中国仏教協会から贈られた一株の子で、10株あるそうです。御廟にも1株あります。

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<緑の林の中の金堂>
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<サツキと開山堂>
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<松尾芭蕉句碑>
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<御影堂供華園へ>
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<御影堂>
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<瓊花説明>
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<左瓊花 右ふじ>
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<瓊花満開>
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<瓊花満開>
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<瓊花満開>
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御廟の瓊花
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西の京駅から唐招提寺

近鉄橿原線の西の京駅で下車すると、そこはすでに旧薬師寺境内です。薬師寺伽藍復興事業所・写経所方面へ歩を進めると、自然に唐招提寺へ通じる古寺街道の雰囲気がする車道に出ます。その車道を数十メートル唐招提寺方向へ進み、薬師寺の玄奘三蔵院伽藍のコーナを右折すると、大変狭い道になりますが、かまわずその道を真っ直ぐ進むと、途中に天理教分教会があり、秋篠川に出ます。 そこを左折し、川に沿って北進するとやがて唐招提寺の森と一部の建物が見えてきます。 秋篠川が唐招提寺の東の端の境界となっています。川沿いの道はのどかな風景が残っていますので、天平の伽藍を想像しながらのんびり歩いてみるのもよろしかろうと思います。

<近鉄西の京駅:薬師寺旧境内>
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<西の京周辺(?)地図>
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<右は秋篠川:唐招提寺東の境界>
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<唐招提寺方面>
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<薬師寺方面>
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垂仁陵から唐招提寺へ歩く

垂仁天皇陵から南の方へ近鉄線路沿いに歩くと5分程度で踏切に出るので、その踏切を渡って数十メートル行くと唐招提寺南大門へ着く。この道は旧平城京右京二坊大路を踏襲(幅はもっと広い)しており、大和郡山市の九条大路まで続いている。近鉄電車から垂仁陵がよく見えるが、橿原線の電車は薬師寺や唐招提寺の旧境内の西の端を走っている。
西門跡の北に「大界外相」の結界石が建っています。

平城京右京には上級貴族が居住し、左京には下級貴族が住み、右京の人が良くないことをすると左京に移されたので、「左遷」という言葉が生まれたそうです。鑑真和上は没官地となっていた天武天皇の子の新田部親王の旧宅を朝廷から譲り受け平城京右京五条二坊に六坪の寺地を構えました。

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<尼ヶ辻方面>

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<大和郡山方面>
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青龍

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