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談山神社 嘉吉祭

 台風19号接近で開催が危ぶまれていましたが、談山神社における令和元年度(2019)の嘉吉祭(かきつさい)は、10月13日(日)、談山神社と多武峰の村民、関係者の列席の下、滞りなく終了しました。 

 談山神社の明治以前の前身は、妙楽寺または多武峰と呼ばれる大寺院でした。多武峰は藤原鎌足像を祀っていながら、天台宗に宗派を転じたため、南都北嶺の激しい争いに巻き込まれ、興福寺との争いが絶えませんでした。

 本殿には藤原鎌足公が祀られていましたが、室町時代に、南朝の遺臣が多武峰を拠点に兵を挙げ、足利幕府による攻撃の兵火を避けるため、神霊である鎌足像を明日香村の橘寺に一時退避しましたが、3年後の嘉吉元年(1441)8月、鎌足像は多武峰に戻されました。

 これを記念して24年後の寛正6年(1465)より、嘉吉元年の神霊奉還の日に祭礼が営まれるようになりました。これが嘉吉祭のはじまりです。当初は8月におこなわれていましたが、新暦になり10月11日となり、現在では、10月の第2日曜日に行われています。

嘉吉祭で、本殿の鎌足公に供えられる神饌を「百味の御食(ひゃくみのおんじき)」と呼ばれ、百種類が供えられます。
お供えで特徴的なものを紹介します。

和稲(にぎしね)
 1台で四色に染め分けられた米粒を約3000粒用いてきれいな模様を作る。これを4台作る。
 
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荒稲(あらしね)別名 毛供(けごく)
  もみ付きの米から(のぎ)の長い古代米でひげがたくさん出ている。白色、赤色、黒色の3台作る。
 
一番最初に供えられるものは、お人形(無垢人:むくびと)と鶏頭のお花です。

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蒸御供(むしごくう)
 鎌足さんのお弁当で、蒸したもち米が二升分入っており、藁で包まれている。

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倉餅(くらもち)
 平板の餅で、緑、黄、赤、白で倉庫の屋根の形をしている。
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芋やミカンなどの地元の産物
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台の構造を上から見る
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お供え物
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本殿へお供えをはこぶ
 氏子による奉仕
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同上
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お魚
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カエデと枝にトンボ状団扇
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宮司による神事
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宮司祝詞奏上
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感想:
  法隆寺の聖霊院には秘仏の国宝・聖徳太子像が祀られており、お会式の日(3月22~24日)には、太子像の前に大山立てが飾られます。百味の御食とよく似た飾りで、もしかすると、橘寺へ避難したときに、太子像に対する神饌に影響を受けたのではないかと思いましたが、真相はわかりません。



 

大和の観音信仰(3) 談山神社

 「大和の観音信仰」ツアーの最後は、桜咲く談山神社に参拝しました。 平地では桜は散ってしまいましたが、山手にある多武峰ではまだ桜が残っていました。 神社向いの「多武峰観光ホテル」の最上階のレストランで昼食をとりました。 ここから見る桜の多武峰の十三重塔はなかなか見ごたえのある景色でした。紅葉シーズンも素晴らしい眺めとなりますが、桜もまた綺麗でした。

昼食後、談山神社神職の案内で、まず拝殿から本殿の鎌足像を参拝しました。 京都の朝廷は、鎌足像が破裂するととても恐れて、勅使を派遣して鎌足像にお伺いをたてました。 拝殿中央の天井に使われている伽羅木は、とても値段の高いものであることを、計算されていました。 

その後、十三重塔の初層の鍵を開け、「難陀龍王像」を特別に拝観させて頂きました。 普段は入ることができない塔の一重目に入り、まじかで像を拝観しました。 

次に、「神廟拝所」に移動して、特別拝観期間中ではありませんが、「如意輪観音像」を特別に拝観させて頂きました。

その後は、西山先生の案内で、比叡神社から、山道の急な階段を上り、中大兄皇子と中臣鎌足が談合したとされる談山の森に行き、そこからさらに山道を駈けあがって、藤原鎌足のお墓へ行き参拝して帰りました。 急な坂道を下ると、夕日が沈みかかっていました。 

今回の「大和の観音信仰」のツアーでは、普段は公開されていないめずらしい観音像を訪ね、大和の観音信仰の多様さを体験したマニアックなツアーでした。

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多武峰観光ホテルから見た談山神社
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本殿(ご神体は藤原鎌足を祀る)
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勅使が登壇する亀甲文の石畳
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十三重塔説明
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桜と十三重塔
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神職の案内で一重目に入る
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一重目
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難陀龍王像
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権現殿と十三重塔
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神廟拝所説明
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如意輪観音像
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藤原鎌足像
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登山口
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談山の森公園
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藤原鎌足のお墓
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談山神社の紅葉

  11月5日に談山神社に行って来ました。 談山神社は藤原鎌足を祀る旧官幣大社でしたが、明治初期の廃仏稀釈で神社になる迄は、妙楽寺と呼ばれるお寺でした。当社縁起によれば、妙楽寺は藤原鎌足の長男の藤原定慧(ふじわらじょうえ)が唐から帰国して、鎌足の遺骨を摂津の阿威山(現、茨木市)から多武峰に移葬し、中国唐の清涼山宝池院の塔婆を手本として、十三重塔を建て、その下にお堂を立て妙楽寺と号しました。

 境内の比叡神社の所からお破裂山に登る登山道が整備されており、頂上には鎌足のお墓があります。途中、談山の森がありそこで、藤原鎌足と中大兄皇子が、談合したと伝えられています。 

643年に斑鳩の宮を襲撃し、聖徳太子の長男の山背大兄皇子一族23人が皆殺しにされ、上宮王家は滅亡しましたが、その2年後の645年に藤原鎌足と中大兄皇子によって蘇我入鹿は殺され、蘇我本宗家は滅ぶことになります。

談山神社の本殿には藤原鎌足の神像が祀られています。国家異変の際には、御破裂山が鳴動し、本殿の鎌足像が破裂すると言われ、平安中期以降、藤原氏一門を震駭させ、朝廷から告文使が送られ、本殿前の亀甲紋の石壇上で、奉幣祈願の儀式が行われました。

 この本殿は江戸時代に、法隆寺の宮大工であった中井正清の子孫によって、嘉永3年(1850)に造替されたもので、 重要文化財となっています。中井正清は初代の日光東照宮を建てた宮大工で、談山神社の本殿を参考にして建てたといわれています。

なお、藤原家の先祖を祀る妙楽寺は天台宗の住職を比叡山から迎えたため、興福寺と仲が悪くなり、長い間僧兵同志が武器を持って戦いました。 「南都北嶺(なんとほくれい)」の戦いがあったからです。談山境内にお城のような石垣が築かれているのは、興福寺との戦いのため要塞化した名残りです。また、境内に楓が多く植えられているのは、妙楽寺の僧兵が、楓の枝で矢を作ったからです。

先日、300年ぶりに再建された興福寺中金堂の落慶の法要に、620年ぶりに比叡山延暦寺の森川宏映天台座主が招かれ、法要が行われ、「天台声明」が興福寺境内に鳴り響き、比叡山と興福寺の和解を演出しました。

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談山神社楼門
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拝殿と伽羅木天井
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本殿と説明
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拝殿廊下
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廊下
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拝殿廊下釣り灯篭
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十三重塔
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権殿と十三重塔
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比叡神社
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御破裂山登山道
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談山神社 2017観音講まつり(3)

 神廟拝所はもともとは白鳳年間に藤原定恵によって創建された妙楽寺の講堂で、十三重塔の正面に仏殿を建て、神廟を拝する伽藍配置は、珍しく類例が少ないそうです。明治の神仏分離令によって、妙楽寺は談山神社となり、講堂は神廟拝所と改称されました。

建物は、入母屋造り、檜皮葺、間口5間、奥行4間で、内部に3間×2間の内陣が設けられています。前方に低い仏壇を造り格天井となっています。現在はベールに包まれた鎌足像が祀られています。大小13の壁面には江戸時代狩野永納筆と伝えられる壁画が描かれていましたが、明治の神仏分離令のとき、胡粉で塗りつぶされましたが、復元修理され、現在は絵を見ることができます。山水、16羅漢、楽器を奏でる天女などが描かれています。

 拝所ではこの期間だけ藤原定恵が中国唐から持ち帰った2代目と伝えられる如意輪観音(重要文化財)が公開されており素敵なお姿を拝観できます。右足甲に傷があって、足の悪い人のお身代わりになったという言い伝えがあるので、「足病の病に霊験あらたか」として、多くの参拝者が訪れています。最近では毎年拝観していますが大阪感心寺の如意輪観音と並び称される素敵なお姿をしています。

神廟拝所説明
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白紫陽花
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檜皮屋根
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城壁風
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権殿(常行三昧堂)
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如意輪観音
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良いお顔
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内陣仏壇障壁画
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天女図と36歌仙絵
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伝運慶作狛犬
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狛犬(舌の彫がリアル)
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談山神社 2017観音講まつり(2)

  楓の緑の森に包まれた談山神社は、JR東海関係や大手の旅行社のツアーで来られた参拝者で例年になく賑っています。
談山神社の木造十三重塔(室町時代、国重要文化財)は、現在は「神廟」(しんびょう)と呼ばれています。これは藤原鎌足の長男定恵和尚が、中国唐から帰国して、唐の清涼山宝池院の塔婆を模して、父の供養のために白鳳7年(678)に創建した十三重塔婆です。現在の塔は室町時代の享禄五年(1532年)の再建で、木造の十三重塔としては世界唯一の貴重な建造物です。高さ13メートルで1重目の屋根が大きく、2重目より上の屋根は小さい。

十三重塔(室町時代再建、国重要文化財) 高さ約13メートル
檜皮の屋根の赤と黒のコントラストが美しい

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ピンクの紫陽花
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檜皮がきれい
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九輪でなく七輪の水煙
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神廟拝所から十三重塔を拝す
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緑に包まれた十三重塔
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