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薬師寺東塔の仏舎利

  薬師寺の秋の特別展 水煙降臨展(10月1日~1月3日)がまもなく終了するので、29日に行ってきました。今回の展示では、東塔の心柱の最上部に安置されていた仏舎利が展示されているので是非拝観したいと思っていました。

 薬師寺は天武天皇の病気平癒のために天武九年(680年)に藤原京で造営され、平城京遷都にともない養老二年(718年)に、現在地に移されました。亨禄元年(1528)の兵火により、伽藍の堂宇はほとんど焼失し、わずかに東塔と東院堂(聖観音を安置)のみ残りました。ご本尊はじめ諸仏は猛火に耐えて、奇跡的に残りました。

 高田好胤氏らの写経勧進により昭和51年金堂の落慶法要が行われました。あれから40年、再建当初は煌びやかであった金堂も渋みを増して、随分落ち着いてきました。木造建築はそろそろ修理も必要になる頃ではないのでしょうか。

 創建以来、はじめて東塔が修理のため解体され、現在塔跡は更地になっています。心柱の取り外しの際、東塔心柱最上部に安置されていた仏舎利が発見され、今回特別展示が行われています。また、基壇から出土した和同開珎も展示されていました。
さらに、西塔内陣に安置された中村晋也氏制作の釈迦四相像の拝観もできました。

南大門
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中門
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金剛力士 阿形像
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金剛力士 吽形像
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金堂(築40年)
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金堂と講堂(西塔より)
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西塔(釈迦四相像安置)
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仏舎利特別展示
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説明
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基壇の版築層断面
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基壇和同開珎出土位置
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和同開珎
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塑像残欠
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水煙
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薬師寺東塔の発掘調査現地説明会 その2

 現場説明は午前10時から奈良文化財研究所の青木氏によって行われました。青木氏は古代建造物の版築など土木工事について詳しい方で、以前、桜井市の吉備池廃寺(百済大寺)の基壇の版築について、「両槻会」の講演会でお話をお聞きしたことがあります。今回の説明は20分くらいの短い時間でしたが、論理の組み立て方が整然としているので、非常に説得力のある分かり易いお話をされました。 最初に現場を見学してその後で説明を聞き、その後もう一度現場を見学しました。いずれにしても、現存する東塔の現役の版築や礎石配置を目の当たりにして、法隆寺五重塔の基壇にも想いが及びました

<説明会>
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<東塔創建基壇の版築が完存>
 1300年近く東塔を支えてきた版築による創建基壇が良好に残されています。棒で突き固めた跡(突棒痕跡)や足場穴、杭跡などが検出されました。 創建当初は東西南北に階段があったことが分かりました。現在は西側の階段しかありません。
基壇は修理の度に外側に拡張されていました。そのため創建当初の基壇が残されています。

 薬師寺は秋篠川に近く創建当初は湿地地帯であったようです。版築によってそうした土地の地盤改良を行い1300年も建物を支えてきたことは凄いことです。基壇の礎石で不同沈下が著しいものがあるのでその原因の解明は今後の課題です。

<基壇全体>
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<基壇版築>
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<水位が結構高い>
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<階段説明図>
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<西階段>
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<基壇周辺説明図>
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<薬師寺東塔と西塔>
東塔修理は平成30年完工の予定だそうです。
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薬師寺東塔の発掘調査現地説明会 その1(礎石と心柱)

2015年2月28日薬師寺東塔(国宝)の発掘調査現地説明会に行ってきました。東塔は薬師寺では唯一奈良時代に建造された建築物です。東塔は三重塔ですが各重に裳階(もこし)と呼ばれる差し掛けの屋根が取り付く構造をしており、大変綺麗な建造物であり、日本では他に例がありません。

<8:00過ぎの南大門前>
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<礎石説明のための図>
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<西塔>
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<礎石>
 東塔の創建時の基壇は版築で造られ一辺13.3m~13.4mの切石積基壇でした。基壇上に37個の礎石を据えその上に柱を建てます。心柱を据える心礎とそれを取り囲む4個の四天柱礎石、12個の側柱礎石は創建時に据え付けられ1300年間動いた形跡はありません。 一番外側を取り囲む20個の裳階柱礎石は明治時代に据え付け直した形跡があるそうです。 裳階柱の礎石は長方形の形に突き出ていますが、これは裳階の壁を構築するための出っ張りのようです。

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<心礎と四天柱礎石>
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根継ぎ石
 心柱の根本が空洞になっているのでそれを支えるため根継ぎ石が用いられているとのことでした。
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心柱
  心柱は2本の木を継いで構成しています。下部は空洞になっていました。
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<心柱2本を継ぐ:左が下側、右が上側>
2本の心柱の写真を示します。ロケットのようでした。
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薬師寺花会式

薬師寺では3月23日から31日まで修二会の期間中で、練行衆が「薬師悔過」(花会式)の行を行っています。東大寺のお水取りや法隆寺の修二会と同様の行事です。薬師寺の修二会は「花会式」とよばれ特に華やかな行事として知られています。1107(嘉承2)年堀河天皇が薬師如来に対して皇后の病気平癒を祈願したところ、病気が回復し、皇后が10種類の造花を造り薬師如来の仏前にお供えしたのが「花会式」の始まりです。

<薬師如来への供え物>
 薬師如来は薬壺を持ちませんが、この日は特別に薬壺が台の上に用意されていました。綺麗な花がたくさん供えられていました。

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<御朱印>
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3月28日に訪問した時には金堂前に作られた大きな舞台の上で、大蔵流狂言や観世流能楽師 観世喜之師による能楽の奉納が行われていました。

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<大蔵流狂言の奉納>
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<観世流能楽の奉納>
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東院堂ではフラワーデザイナー長渕悦子氏による「国宝の聖観音菩薩に捧げる花展」が開催されていました。
堂内の東側に展示されていた「青龍」はダイナミックな動きが感じられ素晴らしい展示でした。
お相撲さんの姿も見かけました。

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<桜も咲き始めました>

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薬師寺東塔保存修理現場

2013年11月10日、第三回 国宝薬師寺東塔 保存修理現場見学会に行ってきました。
薬師寺の中で東塔は、唯一藤原京から平城京へ都が移ったときの建築物です。1300年の風雪に耐えてよくぞ残してきたものだと、先人の技術者の修理の努力に驚くばかりです。

<写真1 見学先入口>

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<写真2 心柱下部>

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<写真3 一重屋根の裏組物と一重裳腰(もこし)>

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<写真4 一重南 隅木の組物>

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<写真5 一重壁の間の組物>

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<写真6 三重主屋と心柱>

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<写真7 同上拡大図>

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<写真8 三重の軸(写真と説明)>

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<写真8-2 組物>

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<写真9 三重上から(2枚)>

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<写真10 東塔から講堂を見た風景>

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<写真11 東塔図面>

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<写真12 修理の歴史>

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