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脇本遺跡第18次調査現地説明会

 2012年9月29日10:00から橿原考古学研究所による脇本遺跡第18次調査現地説明会がありました。脇本遺跡は、最近開通した中和幹線の国道165号線への高架橋バイパス道路を降りた直後の脇本交差点の付近にあります。近くに、朝倉小学校や春日神社があります。この地域は、日本書紀が伝える雄略天皇(ワカタケル、456年-479年の在位推定)の泊瀬朝倉宮の推定地で調査が継続して行われています。

今回の調査成果

1.石積み遺構と池状遺構を検出
 北半部で池状遺跡、南岸で石積みを伴う護岸を検出した。出土した土器より、5世紀後半に築造され6世紀後半に廃絶した遺跡であると判明。
 南北60m、東西30m、高さ1.1m、20~30cmの大きさの石、基底石、積み上げ時の作業単位を示 す目地が存在する。
豪族居館に伴う濠の可能性もあり、有力な人物に関係する施設かも知れない。

2.脇本遺跡に関する日本書紀の記事
 5世紀後半、雄略天皇の「泊瀬朝倉宮」
 6世紀後半、欽明天皇の「磯城島金刺宮」、行宮「泊瀬柴籬宮」

 <脇本遺跡18次調査場所>
 写真1(ポスター)
DSCF7787_convert_20120930003852.jpg
 中和幹線を降りた所が国道165線の脇本交差点。手前が東方向で初瀬、榛原、伊勢方面です。
 
 写真2(現場全体写真)
DSCF7689_convert_20120930003641.jpg
 
今回の発掘現場の写真です。
<発掘現場>
 写真3(現場全体1)
DSCF7732_convert_20120930004319.jpg
 写真の上部が南、下部が北の方向。今回の調査で、石積みの南端の堤を発見。石積み堤の手前は池で平坦となっているが、池の底から有機物は検出されていないそうです。池であったかどうかは不明。写真でコンパネが敷いてある所が池の底で平坦部。北側へ60m発掘してもまだ堤は発見されていないそうです。
この遺構の用途は不明で、濠は豪族居館の構造と似ているそうです。

 写真4(石積み遺構全体)
DSCF7800_convert_20120930005552.jpg

 写真5(石積みの様子、基底石、作業分担用の目地)
 DSCF7723_convert_20120930004039_20120930125655.jpg

 写真6(目地)
DSCF7752_convert_20120930004739.jpg

 写真7(大溝)
DSCF7793_convert_20120930005348.jpg

 写真8(竪穴柱、土坑)
DSCF7703_convert_20120930003945.jpg

<出土した土器>
 写真9(素焼き1)
DSCF7766_convert_20120930004841.jpg

 写真10(素焼き2)
DSCF7769_convert_20120930004932.jpg

 写真11(素焼き3)
DSCF7775_convert_20120930005033.jpg

 写真12(須恵器1)
DSCF7779_convert_20120930005202.jpg

 写真13(須恵器2)
DSCF7778_convert_20120930005122.jpg
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