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四国遍路 第6番札所 安楽寺

四国88ヶ所霊場第6番札所の安楽寺は、温泉が湧くこの地で、弘法大師が薬師如来像を彫み、ご本尊として安置して、お寺を開き、安楽寺と名付けました。安土桃山時代に、蜂須賀家政公が、駅路寺(官寺)として定め庇護し、巡礼者の宿坊としました。それ以来、400年にわたって、現在も、温泉が湧く宿坊として遍路する人々に利用されています。
本堂の正面は、唐破風の雄大な道後温泉場のような造りとなっており、驚きました。また、境内には温泉が湧く井戸がありました。

第6番安楽寺 山門
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阿形
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吽形
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境内奥が本堂 右宿坊
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池と庭園
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多宝塔
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温泉山 安楽寺本堂
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外国人が動画撮影
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安楽寺の額
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山号額 温泉山
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大師堂
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文化財 駅路寺建物 温泉井戸
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文化財
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聖徳太子駒つなぎ石
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温泉山 安楽寺 説明板
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四国遍路地図
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四国遍路第5番札所 地蔵寺

 四国88ヶ所遍路第5番札所の地蔵寺は、嵯峨天皇(在位809ー823)の勅願にして、弘法大師が812年に、約5.5cmの勝軍地蔵菩薩を彫みご本尊として安置し、お寺を開きました。嵯峨天皇に続き、 淳和天皇、仁明天皇の3代の天皇の帰依を受け寺は発展しました。その後も源頼朝、源義経、蜂須賀家など武将たちの、勝軍地蔵信仰を受け、寺地が拡大し、現在、約1万2千坪の寺地を有する大きなお寺です。 

本堂の裏手の高台には五百羅漢堂があり、現在は約200体の羅漢が回廊に安置されており、これを眺めていると自分に似た像が必ず見つかるそうです。

境内には樹齢800年の銀杏の大木が聳えていました。都市部ではこのような大木は見かけなくなりましたので、めずらしかったです。

第5番札所 地蔵寺
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本堂参拝
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本堂
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銀杏(樹齢800年)
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大師堂
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五百羅漢堂
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石段からの眺め
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弥勒菩薩像
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羅漢像
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釈迦如来像
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四国遍路第4番札所 大日寺

 四国遍路 第4番札所の大日寺は、三方が山に囲まれた、黒谷と呼ばれる隠里にありました。ご本尊は弘法大師が42歳のときに彫った5.5cmの大日如来像で、寺の名前も、ご本尊に因んで、大日寺という名が付けられています。

今回、山門の楼門は、工事中で足場に囲まれていました。 完成したときは立派な楼門が聳えるでしょう。

本堂と大師堂を結ぶ回廊に安置されている西国33所観音霊場の観音様は、現在修復中で、お参りできませんでした。
寄進を求める説明板が立っていました。

境内は広く、往年は多くの伽藍が立っていた様子がうかがえました。外人の参拝者の姿も見かけました。

石碑
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山門
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長い参道
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本堂への石段
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本堂
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山号額 黒巌山
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大師堂
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西国33所観音像の修復の訴え
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四国遍路 第3番札所 金泉寺

四国88ケ所霊場第3番札所の金泉寺は、天平年間(724-749)に聖武天皇勅願によって行基が開基し、釈迦如来像を刻んで安置したと伝わります。後の弘仁年間(810-824)に弘法大師が、当地の日照りで苦しんでいる人たちのために、井戸を掘ったところ霊水が湧き出て、この井戸は「黄金の井戸」であるとして、寺名を「金泉寺」と改めました。その後亀山天皇もしばらく滞在されました。
境内は広々としており、本堂裏手には朱色も鮮やかな、小さい多宝塔が建ち、山麓の緑に包まれていました。

第3番金泉寺山門
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四国のみち
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金泉寺仁王楼門建立之誌
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日本遺産「四国遍路」
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参道
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本堂
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本堂正面
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大師堂
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黄金の井戸
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弁慶の力石伝説
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弁慶の力石
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多宝塔
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鐘楼
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四国遍路 第2番札所 極楽寺

四国88ヶ所遍路第2番札所の極楽寺は、三方が山に囲まれた静かな雰囲気の素晴らしいお寺でした。朱塗りの山門をくぐると極楽浄土をイメージした庭園が広がり、弘法大師お手植えと伝わる樹齢1200年の「長命杉」には注連縄が巻かれていました。 本堂へは44段の石段を上ります。 境内が垂直方向に広がっているのが中国式でなかなか味わい深くてよい。

この日はお釈迦様の誕生日で、右手を高々と上げた誕生仏に、甘茶と聖水とお花を散華してから石段を上りました。

極楽寺は奈良時代に行基が開基し、815年に弘法大師がこの地で37日間阿弥陀経を修法され、結願の日に阿弥陀如来が出現し、その姿を弘法大師が彫造し、本堂のご本尊とされました。 大師堂の大師像は安産祈願に霊験あらたかであり、境内には可愛いい、祈願のためのなで仏様がおられました。

このお寺は天正年間に長曾我部元親の兵火で焼失しましたが、1659年に蜂須賀光隆の援助で再建されました。

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山門
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仁王像
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浄土式庭園
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長命杉
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説明板
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縁結び
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仏足石
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本堂への石段
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釈迦誕生仏
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本堂
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安産祈願仏と大師堂
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千手観音堂
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鐘楼
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安産祈願の極楽寺の説明
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