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仙台・石巻散歩(3) 多賀城跡

 JR東北本線国府多賀城駅の北西800mの丘陵に国特別史跡の多賀城跡があります。平城京に都があった奈良時代から、多賀城には古代陸奥国の国府がおかれました。その理由は、古代より多賀城の海岸に良港が築かれ、朝廷の海運の拠点があったからだと考えられます。現在も名古屋~仙台、仙台~苫小牧間のフェリーが発着する港があります。

 多賀城碑(国重要文化財)
   覆屋の中に高さ2.48m、幅1.03m、厚さ0.74mの石碑が建っています。 碑面は西向きで奈良平城京の方を向いています。碑面中央上部に「西」の1字が、その下に11行17段に140字が刻まれています。
 最初の5行は「京」(平城京)などから多賀城までの距離が刻まれています。
 
 多賀城
   去京一千五百里        (「京」まで1500里、829キロ)
   去蝦夷國界一百廿里     (蝦夷国界まで120里、約66キロ)
   去常陸國界四百十二里    (常陸国界まで412里、228キロ)
   去下野國界二百七十四里  (下野国界まで274里、151キロ)
   去靺鞨國界三千里       (靺鞨国界まで3000里、1659キロ)

 当時の1里は約553メートル、京(平城京)まで1500里、換算すると約829キロで、ほぼ正確な距離です。 なお、靺鞨は隋唐時代の中国東北部にあった国の名称で、3000里は正確な距離ではない。
 碑文の後半には神亀元年(724年)に、大野朝臣東人が多賀城を設置したこと、天平宝字6年(762年)に、藤原恵美朝臣朝獦(ふじわらのえみのあそんあさかり)が多賀城を修造したことが刻まれています。

江戸時代に、この碑が掘り出され覆屋に囲われ、多賀城外郭南門趾の前におかれています。奈良時代の史実を知る貴重な金石文として、重要文化財に指定されています。

多賀城碑(重要文化財)
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石碑
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碑文の説明
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多賀城跡説明
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政庁―南門間道路パネル
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外郭南門跡碑
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発掘調査写真
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外郭南門復元推定図
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説明
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政庁ー外郭南門道路
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階段の道
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外郭は城壁で囲まれていた模様
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政庁の建物の変遷(I期~Ⅳ期)
Ⅰ期
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Ⅱ期
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Ⅲ~Ⅳ期
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政庁復元模型
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南門跡
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正殿跡(パネル)
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正殿跡
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正殿跡全景
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東殿跡(パネル)
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仙台・石巻散歩(2)

 JR石巻駅周辺はきれいに整備されていました。また、駅前に石ノ森章太郎の漫画のキャラクタも置かれていました。 石ノ森章太郎は、赤塚不二夫、藤子不二雄らとトキワ荘に住み作品を生み出しました。石巻市には石ノ森漫画館が造られています。
 駅の正面玄関脇のガラスに2011年3月11日の津波浸水位置が表示されていました。海からかなり離れた、この駅も浸水したとは信じられません。

 津波は1回で終るのではなく、引いてはまた押し寄せ、何回も周期的に繰り返しきます。夜8時ごろに来た津波が一番大きかったと言っている人もいました。場所によって、時間によって、何回も来る大津波のパターンが異なるようです。

石巻駅正面
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漫画のキャラクター
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津波浸水位置
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駅構内
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駅前案内地図
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大橋
この橋の上で津波を体験した者もいた
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堤防際は建物禁止となった
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日和山(石巻市日和が丘)
 標高約56mの丘で眺望が抜群。牡鹿半島も見えました。 松尾芭蕉、石川啄木、宮沢賢治ら多くの文人墨客が訪れた丘です。2011年3月11日15時26分に石巻日日新聞社が撮影した写真が説明板にありました。工場の従業員がそのまま避難したような写真です。工場長の機転が命を救ったのではないかと思います。この日何千人もの人が津波で流されました。

説明板
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鳥居と石巻湾眺望
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急階段を上って避難
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復興途上
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牡鹿半島
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津波で満水
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旧北上川・中瀬
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中瀬の多くの建物は津波で流されました。
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震災前
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南浜
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南浜つなぐ館
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津波高さ6.9mの表示
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街があった所、今は草地
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仙台・石巻散歩(1)

 2017年6月16日大阪伊丹空港9:50分発、仙台空港11:05着のANA便で仙台・石巻方面へ行きました。 東北大震災後、仙台空港が再開されたとき以来の仙台行きです。そのときは、まだ松島も津波の跡が生々しく、遊覧船も再開直後で、桟橋も仮設でしたが、塩釜まで遊覧しました。

 司馬遼太郎の「街道をゆく 26」の仙台・石巻編に、大阪から仙台までYS11で飛行した時、眼下に冨士が大写しになっており(これが、甲斐の冨士か)とその端正さに息をのむ思いだった、と書いていますが、その風景を、窓際の席で写しました。

仙台空港への着陸は予定より10分早く快適な飛行でした。 機内ではリンゴジュースだけの無料サービスでした。以前はオレンジジュースとか色々のドリンクや時間帯により機内食のサービスもありましたがなくなりました。 先日の中国旅行では国内線の飛行機に乗りましたが、ジュースも各種のものが振舞われ、機内食も無料サービスが行われていました。 

仙台空港からは空港線の電車でJR仙台駅に出て、仙石東北ラインにて石巻まで行きました。駅前のJRの観光案内所で、周遊用のタクシーチケットを購入し、慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)から日和山へ行くルートで周遊し、石巻駅へ帰りました。この間、タクシー運転手から東北大震災時被害が大きかった現場や当時の体験話を色々と教えて頂きました。

 司馬氏は最後の「石巻の明るさ」と題したあとがきで、「少年のころから北へのあこがれがつよかった私としては、紀行というよりも、懸想文(けそうぶみ)に近いものだった」、もっとも、石巻ではまだ見残したものがある。 「日和山」の丘上で「ハリストス正教会堂(史跡)」というのがありますね」ということで、下へ降りて、中州にあった小さな教会を見た話が描写されています。その教会の聖堂は2011年の震災では2階まで浸水しましたが、流されず残りましたが痛みが激しいので、現在解体修復中のようです。

石巻市
 
 宮城県慶長使節船ミュージアム(石巻市渡波(わたのは))

  1613年(慶長18年)、仙台藩主伊達政宗は藩士支倉常長(はせくらつねなが)らを、メキシコ、スペイン、ローマに派遣した。慶長遣欧使節である。一行は仙台藩士、江戸幕府関係者、各地の商人、ソテロらフランシスコ会宣教師など、計180人で構成されていた。その目的は、仙台藩の太平洋貿易参入のための外交交渉であった。

 外洋帆船は1613年4月ごろから幕府船手頭向井忠勝派遣の船匠を中心に、仙台藩の船大工らが遣日スペイン大使ビスカイノ配下のスペイン人の補佐を受けて造られた。船名は日本名は黒船、スペイン側資料では、サン・ファン・バウティスタ(洗礼者ヨハネの名前)号と呼ばれた。

一行は1613年10月に石巻市月浦を出帆し、約90日後に太平洋を横断してメキシコのアカプルコに上陸しました。その後は、陸路で大西洋に出て、船を乗り換えスペインに行き、マドリードの王宮で国王フェリペ3世に謁見した。翌年にはローマにてローマ教皇パウロ5世に謁見した。
(参考文献: 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会編「宮城県の歴史散歩」、山川出版社、2014年3月15日印刷)


石巻市は宮城県内の犠牲者(死者・行方不明者)の約4割、4000人近くを占めており、最も被害の大きかった市です。犠牲者のご冥福をお祈りいたします。

大阪伊丹空港離陸
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同上
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冨士の見える風景
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仙台空港
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サン・ファン館
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サン・ファン・バウティスタ号(模型)
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復興はいまだ
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近くで見る帆船は遣唐使船よりはるかに大きい
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屋根下約1メートルまで津波がきました
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 今回の見学では、サン・ファン・バウティスタ号は老朽化が激しく危険なため、乗船して見学することはできませんでした。大変残念です。そして、この船は解体されてしまうそうです。約400年前に太平洋を越えてアメリカ大陸に渡った帆船ですので、また復元して乗船見学したいものです。

遣欧使節の派遣
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太平洋90日横断の経路
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出帆は石巻市月浦
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スペインの船で大西洋を越える
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