FC2ブログ

松阪城下町 その4

松阪城(国史跡)は蒲生氏郷が1588年(天正16年)に築城した城で、日本100名城の一つに数えられています。現在、城跡に建物は何もありません。蒲生氏郷が福島県会津に移封後、服部一忠、古田重勝と城主が代わり、1619年(元和5年)に徳川頼宜が和歌山藩主となり、それ以降明治まで、和歌山藩領となり、勢州領(松阪、田丸、白子など)18万石を統括する城代が置かれました。
 城跡には往時を偲ぶ高石垣や三層の天守閣の跡が残っており、広大な本丸跡が残されています。

松阪市庁
IMG_2766s.jpg

IMG_2772s_201701181111590ad.jpg

松阪城大手門跡
IMG_2771s.jpg

松阪宝塚古墳出土の船型埴輪
IMG_2769s.jpg

---------------
松阪城跡説明
IMG_2782s.jpg

松阪城跡地図
IMG_2774s.jpg

石碑史跡松阪城跡
IMG_2876s_201701181118459a3.jpg

IMG_2786s.jpg

IMG_2788s.jpg

IMG_2789s.jpg


IMG_2873s.jpg


IMG_2820s.jpg 

--------------------
天守台

IMG_2816s.jpg

IMG_2813s.jpg

IMG_2812s.jpg

IMG_2809s.jpg

IMG_2803s.jpg

------------
武家屋敷

IMG_2884s.jpg

IMG_2887s_201701181139553ce.jpg

IMG_2878s_201701181139529f5.jpg

IMG_2895s.jpg

参考文献
(1)岡田 登「松阪城下町を歩く」 近畿文化、2017年1月

松阪城下町 その3

江戸時代、江戸や京都や大阪に店子を出し、浮世絵にも描かれていた、木綿問屋長谷川家の松阪の家が文化財として公開されています。土蔵から江戸時代の大判、小判の本物が出てきたことで、松阪市民を驚かせました。現在見つかった大判小判や小銭が展示中です。 旧長谷川家は、現在松阪市が文化財として管理しています。
それにしても、松阪商人は、江戸時代に豪商として名を馳せ、現代の三井家や伊勢丹などにつながっているとは驚きですね。

長谷川家本家
IMG_2764s.jpg

正面入口
IMG_2655s_20170117222150764.jpg

旧長谷川邸の文化財
IMG_2663s.jpg

丸三の家紋
IMG_2676s_20170117222154ac7.jpg

屋敷の模型
IMG_2666s.jpg

江戸の浮世絵に描かれた長谷川家本家と店子
IMG_2668s_20170117222842c5a.jpg

旧長谷川邸の文化財的価値
IMG_2677s.jpg

土蔵
IMG_2711s.jpg

土蔵内の調査が行われている
IMG_2705s_20170117222845a7c.jpg

万両箱
IMG_2694s_20170117224524af9.jpg

長谷川家家紋入り千両箱
IMG_2698s_20170117224525d76.jpg

紀州藩御用金
IMG_2701s.jpg


大判が見つかる
IMG_2751s.jpg

小判や一分銀もザクザク見つかった
IMG_2762s.jpg


邸宅内
IMG_2715s.jpg

奥まで部屋が続いている。
IMG_2723s_20170117224100e32.jpg

IMG_2745s.jpg

IMG_2727s_20170117224101774.jpg

寺院などの礎石と思われる庭石
IMG_2720s_2017011722405814b.jpg

邸内に稲荷神社
IMG_2738s.jpg

IMG_2737s.jpg

庭園
IMG_2739s.jpg

松阪城下町 その2

松阪城下町のつづきです。

JR松阪駅→新上屋跡→三井家発祥の地→松阪商人の館→本居宣長宅跡→旧長谷川邸→松阪市立歴史民俗資料館→松阪城天守閣跡→本居宣長旧宅鈴屋→お城番屋敷→樹敬寺(本居宣長墓)→松阪駅 

本居宣長宅跡(松阪市魚町1645)
 本居宣長が11歳から72歳(ただし、19歳から21歳までは伊勢国山田の紙商今井田家へ養子に出される)まで暮らした旧宅跡です。 旧宅(鈴屋)は1909年に松阪城跡に移築され公開されています。現在、魚町のこの地には本居宣長旧宅地跡、長男・本居春庭旧宅、土蔵が残っています。本居宣長の医者としての診療活動や古事記研究、源氏物語の講座活動など、ありし日の事績を偲ぶには、鈴屋もこの場所にあった方がふさわしいと思いました。 松阪城跡の鈴屋が昔からあの場所にあったと誤解する人も多いのではないでしょうか。

本居宣長宅跡
IMG_2637s.jpg

説明
IMG_2638s.jpg

旧本居春庭宅
IMG_2640s_2017011400273500e.jpg

旧本居春庭宅内部
IMG_2647s_20170114002737b21.jpg

井戸
IMG_2651s_2017011400273892d.jpg

燈籠
IMG_2650s.jpg

土蔵
IMG_2649s_2017011400450543b.jpg

IMG_2652s.jpg

本居宣長宅跡配置図
IMG_2643s_201701140045040a7.jpg

-----------------------------

松阪城跡 本居宣長旧宅(鈴屋)(松阪市殿町)
本来は魚町にあった本居宣長旧宅です。

 2階の右奥が4畳半の鈴屋で書斎でした。1階では診療も行いました。
IMG_2864s_20170114013837e1f.jpg

本居宣長旧宅説明
IMG_2857s.jpg

2階4畳半書斎 「縣居大人之霊位」の書。 賀茂真淵先生のこと。
IMG_2840s.jpg

本居宣長自画像
IMG_2830s.jpg

IMG_2821s.jpg

IMG_2823s.jpg

本居宣長17歳の時描いた日本地図
IMG_2842s_20170117215746ef6.jpg

IMG_2845s.jpg

IMG_2852s_2017011721574812e.jpg


樹敬寺(本居宣長家の墓地)

IMG_2909s.jpg

IMG_2914s_201701172204148b6.jpg

IMG_2915s.jpg




松阪城下町 その1

外宮参拝のあと、近鉄電車で松阪に移動し、松阪の城下町を以下の経路でめぐりました。松阪は地元では濁らず、まつさか、と発音します。

 JR松阪駅→新上屋跡→三井家発祥の地→松阪商人の館→本居宣長宅跡→旧長谷川邸→松阪市立歴史民俗資料館→松阪城天守閣跡→本居宣長旧宅鈴屋→お城番屋敷→樹敬寺(本居宣長墓)→松阪駅 

松阪は1588年に蒲生氏郷が松阪城(現在は石垣のみ残る)を築き、楽市楽座の制をしき、また伊勢参宮街道を城下に引き入れるなどし、城下町の繁栄をはかりました。伊勢の大湊の廻船問屋の角屋七郎次郎は氏郷の招きにより、大湊から松阪に移りました。 

江戸時代になると伊勢参りの宿場町として栄え、また商人の町として大きく発展しました。松阪の特産物の木綿は江戸っ子に好まれ、日本一の大商人として三井高利を祖とする三井家や、小津家、長谷川家などの豪商が出現しました。 現在では松阪牛の老舗「和田金」や牛銀がグルメファンに好まれています。

江戸時代に「古事記伝」を著した国学者本居宣長が居住したのも松阪です。見所の多い城下町であります。

--
新上屋跡
本居宣長と賀茂真淵が対面した旅館「新上屋」跡地です。宣長30才あまり、真淵70才ちかくでした。この対面で真淵は宣長に古事記の研究をすすめました。 以来宣長は、35年間研究をすすめ、「古事記伝」(古事記の注釈書、全44巻)を完成しました。

新上屋跡(ビル)
IMG_2550s.jpg

石碑
IMG_2559s.jpg

IMG_2542s.jpg

IMG_2549s.jpg

IMG_2553s_20170113010126ae0.jpg

--
三井家発祥の地
IMG_2586s.jpg

IMG_2583s.jpg

来遠像(ライオン像)
IMG_2567s.jpg

IMG_2568s.jpg

--
松阪商人の館(旧小津清左衛門家住宅)
 小津家は1653年江戸大伝馬町一丁目に紙店(小津屋)を開業。1698年隣に木綿店(伊勢屋)開業。町内木綿店74店の内、伊勢国出身者が約6割を占めたそうです。

商人の館
IMG_2594s.jpg

IMG_2591s_20170113011219b5f.jpg

IMG_2590s_2017011301121730e.jpg

IMG_2589s.jpg

遠方正面のビルが和田金
IMG_2595s.jpg


IMG_2597s_20170113013310b2f.jpg

IMG_2603s_20170113013311bbb.jpg

IMG_2605s_2017011301331254a.jpg

IMG_2615s_20170113013315a2e.jpg

IMG_2613s.jpg



プロフィール

青龍

Author:青龍
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
萩 (2)
訪問者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR