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斑鳩散歩 その8(藤ノ木古墳)

御坊山古墳群の東200mに藤ノ木古墳(過去の本ブログ参照)があります。1985年から調査が開始され、1988年に石棺が開棺され2018年で30年になります。開棺から30年経ちますが、石室・石棺が完全な形で残り、人骨の鑑定も行われ、豪華な副葬品も出土しているにも関わらず、未だに古墳の築造年代(橿原考古学研究所では、6世紀後半とする)も確定せず、被葬者についても14人くらいの候補がでていますが確定していません。墓誌でも出土しない限り被葬者は確定しないと言われているようです。 

斑鳩文化財センターでは藤ノ木古墳調査時のビデオ解説や豪華な出土品のレプリカが展示され、開棺時の石棺の状態を再現した模型が展示されています。また、ボランティアが常駐し解説も行っています。  

藤ノ木古墳
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桜池から見た風景
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耳成、天香久山、畝傍山
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斑鳩文化財センター
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藤ノ木古墳石棺模型
加賀市産凝灰岩滝ケ原石(6.5トン)で制作
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石棺解説
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馬具把手付近の動物
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斑鳩の里を歩く その1

 2015年3月20日、天気もよく暖かくなった斑鳩の里を歩いてきました。界隈の桜のつぼみもふくらみ、あと一週間もすれば開花するのではないでしょうか。今日は藤ノ木古墳の現在の姿と春日古墳および西の里の写真を紹介します。法隆寺境内では3月22日~24日に行われる会式の準備で大わらわでした。法隆寺にとって、一年の内で一番賑やかな時節を迎えました。

<藤ノ木古墳>
 先日の前園氏のお話では墳丘に熊笹を植え、本来の墳丘の大きさが分かるようにしたとのことでした。笹の生えている境界までが墳丘だったそうです。

<藤ノ木古墳2015.320>
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<撮影2015.3.20>
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<西の里集落>
宮大工の西岡常一さんはこの集落出身の方でした。棟梁として法輪寺、薬師寺の塔を建立されました。土壁に風情を感じさせます。

<西里説明看板>
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<左奥が春日古墳>
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<西里土塀>
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<春日古墳>
 西里集落の中に小高い墳丘があります。墳丘南裾に小さい祠があり春日明神を祀っていることから、古墳名は「春日古墳」と呼ばれています。

古墳は民家の間にあり裾は削られています。元は一まわり大きかったものと推測されます。現状では直径22m以上、高さ6m以上あります。南西部の斜面に110cm×70cmの花崗岩があり、墳丘の高さなどを考えると、横穴式石室を持つ古墳かも知れません。

前園氏のお話では民家の方の許可を得て一度墳丘に登って調べた所では未盗掘の可能性があるそうです。
今後斑鳩町では調査委員会を発足させ調査方法など検討するものと思われます。

<春日古墳(南より)>
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<春日明神と春日古墳>
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<法隆寺西大門>
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<法隆寺西限の塀、西に20度傾いた溝>
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<西大門から西里方面>
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大和の豪族たちと藤ノ木古墳  その4

 新聞報道によると最近斑鳩町は法隆寺西里集落にある春日古墳(春日明神を祀っている)の調査を開始することを決めたようです。藤ノ木古墳からわずか150mの距離にありますので、被葬者について何か関係があるかも知れません。

今回、発掘調査30周年を記念した特別陳列「大和の豪族たちと藤ノ木古墳」は、忘れ去られようとしている藤ノ木古墳を再認識するよい機会となりました。未盗掘古墳の副葬品の豪華さには目を見張りますが、今回の展示によって大和の豪族たちの中の藤ノ木古墳という視点から6世紀から7世紀の歴史を眺めてみる良い機会となりました。
今回は、藤ノ木古墳の概要をまとめておきます。

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藤ノ木古墳(まとめ)
(1) 位置: 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西2丁目。法隆寺西大門から西へ350m. 
       矢田丘陵の南端から南へ広がる緩斜面上に築かれた大型円墳.
(2) 墳丘 型式:円墳. 段築、葺石なし. 規模:直径50m. 高さ現状で約6.5m、復元すると9m程度
      装飾:石室前面の墳丘裾を中心に円筒埴輪や少量の形象埴輪(盾?、馬?)が出土.
(3) 石室 型式:両袖式横穴式石室 規模:全長14.0m. 玄室長6.0m、玄室幅2.7m, 高さ4.4m. 羨道に閉塞石が残存.
(4) 石棺:刳抜式家形石棺、長さ2m35cm、幅1m39cm、高さ1m52cm. 二上白石(凝灰岩).
(5) 出土須恵器の型式: TK43型式、石室型式は平林式
(6) 築造年代:横穴式石室、須恵器の年代観から6世紀後葉に築造された古墳である。
          中央政権内において大王に次ぐ階層に属して活躍した、斑鳩地域の首長の墓である。
副葬品
1.石棺外
   金銅製馬具類(Aセット)、鉄地金銅張馬具類(Bセット)、鉄地金銅張馬具類(Cセット).
   武器類(大刀、弓、鏃)、武具(挂甲、盛矢具)、鉄製ミニチュア農耕具、滑石製臼玉
<鞍金具:模造>
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2.石棺内遺物
  被葬者:東に頭を向けた状態で2人埋葬.北側、南側被葬者いずれも男性と推定(異説あり)
<北側埋葬者副葬品>
  ・ 北側側面:金銀装飾楔形柄頭大刀1振、金銀装飾剣1振
  ・ 頭部:金銅製剣菱形飾金具、銀製剣菱形飾金具、銀製半球形空玉、金銅製空勾玉、
  ・ 首周り:銀製鍍金空丸玉・梔子玉・有段空玉
  ・ 耳周り:耳環1対
  ・ 耳から胸にかけて垂れ下がる: 銀製垂飾金具1対、
  これらの下からおびただしい数のガラス玉
  ・ 頭付近:ガラス丸玉大・小が円弧状に連なる。
  ・ 頭から腰:玉簾状ガラス玉
  ・ 頭付近:銅鏡3面(画文帯環状乳神獣鏡1面、画文帯仏獣鏡1面、神獣鏡1面)
  ・ 足元:金銅製飾履が西壁に立てられ出土。履のそばに1対の金銅製半筒形品. 折りたたまれた状態の金銅製冠
<南側被葬者副葬品>
  ・ 頭部、南側右側面:金銀装飾大刀4振(楔形柄頭大刀1振¥、倒卵形柄頭大刀2振、円頭大刀1振)
  ・ 頭付近:金銅製筒形品、銅鏡1面
  ・ 首付近:銀製鍍金小型空丸玉が繋がった状態でみつかる。
  ・ 耳:耳環1対
  ・ 足首付近:ガラス丸玉
  ・ 足元:金銅製履
  ・ 金銅製大帯
棺内全体
  金銅製円形飾金具と金銅製花弁形歩揺が出土、遺体を覆った繊維製品が水に浮いた状態で見つかりました。
  棺内から大量の紅黄色のベニバナの花粉が検出されたことから被葬者はベニバナで飾られた織物に包まれていたよ  うです。また、アカカシの花粉も検出されたことから夏に埋葬されたときに紛れ込んだのではないかと想像されます。

大和の豪族たちと藤ノ木古墳 その3

1985年に藤ノ木古墳が発掘調査されてから今年で30周年を迎えました。当時、発掘調査を担当された前園実知雄氏が「藤ノ木古墳の被葬者像―斑鳩に眠る貴公子達―」と題して講演されました。

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 藤ノ木古墳の周辺に民家が建っていましたが、協力頂き調査に着手できました。当時は墳丘が前方後円墳かどうか不明で、調査によって円墳であることがわかりました。調査前の写真を示します。

<展示パネル写真>
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石室の状況

1985年の石棺開蓋時の状況をお聞きし納得しました。実はこれまで石室を見学して、何故石棺をわざわざ横置きにしているのか疑問でしたが、調査担当者も同様の疑問を持たれたそうです。石棺と東壁の間が狭いため蓋を持ち上げるための鉄板を切断したそうです。また、石棺は写真のように右上がりに傾斜していたため、蓋を開ける際苦労したそうです。

<開蓋前>
馬具は石棺と奥壁の間に置かれていました。天井から落ちて来た泥が溜って土が溜っていました。
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<展示パネル写真>
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<開蓋後>
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<刀を樹脂で固定>
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<布を樹脂で固定>
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<豪華な副葬品>
両側に刀類が置かれていました。靴も2足それぞれの遺体に置かれていました。
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  石棺の模造品を造られた石工の方が、非常に急いで造った石棺であると言われたそうです。石棺は中途半端な大きさで、一人にしては大きすぎ、二人にしては小さすぎるそうです。

北側の被葬者が主で南側の被葬者は身体を下にずらして斜め横向きにし、下半身をまげているとのことでした。身長は2人とも164~165cm位だそうです。

前園氏は以前から被葬者については穴穂部皇子と宅部皇子説を唱えておられます。
なお、御坊山古墳には蘇我入鹿によって殺害された山背大兄皇子一族が葬られているのではないか、その人たちも含めて貴公子と呼んでいるとのことでした。

大和の豪族たちと藤ノ木古墳 その2

 橿原考古学研究所附属博物館では、 「三次元で”作る”!藤ノ木古墳の国宝・馬具」、と題する展示が行われていました。三次元形状計測器を用いて藤ノ木古墳出土の馬具を計測し、鞍に表現された鬼神、象、鳳凰の図案を取り出し、石膏を用いて3Dプリンターで作成したものを展示していました。

<展示会ポスター>
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<三次元形状計測器>

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<計測器>
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<計測原理の説明>
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<計測場面>
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<3Dプリンターの説明>
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<作成した図案>
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<参考文献>
橿原考古学研究所附属博物館 「三次元で”作る”!藤ノ木古墳の国宝・馬具」特別陳列、リーフレット、2015.2.7
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