FC2ブログ

高取城下町散歩 その3

明日、2016年3月1日から31日まで高取町では、土佐街道を主会場にして雛祭が行われます。
2007年度から始まった「町家の雛めぐり」は今年で10回目をむかえ、記念イベントが盛大に行われます。
今回はその準備の最中、町家で見かけたお雛様を紹介します。

ジャンボ雛
IMG_3364s.jpg

IMG_3365s.jpg

軒先にヒバの枝に「天の川実行委員会」「雛祭り」の札が吊されていました
IMG_3415s.jpg

植村家家紋鬼瓦の古民家にも吊るされていました
IMG_3354s.jpg

街角のお雛様
IMG_3435s.jpg

IMG_3440s_20160228112714726.jpg

竹筒で作ったひな壇
IMG_3538s.jpg

子供雛?
IMG_3540s.jpg

ここは門松を模した竹筒のひな壇(かぐや姫?)
IMG_3549s.jpg


高取城下町散歩 その2

 今回は高取町観光ボランティアガイドの案内で、土佐街道沿いの史跡を、以下の順序でめぐりました。
   光永寺の人頭石→子嶋寺→石川医院の門→土佐恵比寿神社(薬祖大神)→松の門→
    信楽寺(お里・沢市の墓)→武家屋敷(田塩邸)→植村家長屋門→夢創館

光永寺
IMG_3407s.jpg

人頭石
ガイドさんに教えて頂いた角度から写真をとりました。左側下の出っ張った所が鼻その下に口、少し右上方に眼、右側に耳が見えるでしょう!?
IMG_3402s.jpg

子嶋寺
 760年報恩法師建立、壷坂寺に次ぐ古刹。国宝の「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図」(平安前期)は奈良博物館保管。国重要文化財の木造十一面観音立像は東京博物館保管。

山門は高取城二の門を移築したもので、高取城の唯一の遺構
IMG_3385s.jpg

本堂
IMG_3377s.jpg

本堂の額は「観覚寺」とある
IMG_3393s.jpg
--
石川医院の門
 藩主下屋敷の表門を移築
IMG_3546s_201602280230340e0.jpg

土佐恵美須神社・薬祖大神の二柱を祀る
IMG_3543s.jpg

児童公園(高取城の松の門を復原)
臼井家が保管していた材を提供。旧臼井家は大和郡山市の県立民俗公園に移築されています。
IMG_3523s.jpg

松ノ門が復元された由来
IMG_3520s.jpg

高取城内松ノ門のあった場所
IMG_3521s.jpg


信楽寺(お里・沢市の墓)
IMG_3453s.jpg

IMG_3449s_20160228103518428.jpg

IMG_3448s.jpg


武家屋敷・田塩邸
IMG_3519s.jpg

IMG_3514s.jpg

植村家長屋門
IMG_3509s.jpg

IMG_3511s.jpg

IMG_3502s.jpg

IMG_3508s.jpg



高取城下町散歩  その1

 高取町は飛鳥時代には飛鳥の檜前(ひのくま)と呼ばれた地域であり、キトラ古墳はすぐそばにあります。 江戸時代には植村藩の城下町でした。現在、16代目の藩主の子孫が高取町長を務めておられます。この地域には飛鳥時代より薬草園があり、現在は薬業が盛んです。大和売薬の行商人たちは、ここから全国に旅立ちました。私も幼い頃、田舎で置き薬の大和の薬屋さんが来られるのを楽しみにしていました。

近鉄壺阪山駅から少し歩くと古い街並みを残した土佐街道に出ます。土佐街道は、山の頂上に築かれた高取城の大手門に至る道筋にあり、沿道にはかって武家屋敷が築かれており、現在でも昔ながらの古い町並みが残されています。まもなくお雛祭が始まりますので、その準備が進められていました。

昭和を代表する俳人阿波野青畝(あわのせいほ:高取町上子島生まれ)は、『斑鳩物語』で有名な高浜虚子の門下生で、水原秋桜子、山口誓子、高野素十とともに「虚子門の四S」といわれホトトギスの黄金時代を築きました。

近鉄壺阪山駅は崖下に築かれているため、出入口が一つしかなく、山側に行くとすれば線路を跨いで作られた高架橋を渡らなければなりません。この橋を渡って高取町役場を目指します。役場の下に「リベルテホール」(仏語で自由を意味する)という建物があります。実は役場付近の高台から金剛・葛城の山並みの絶景にしばしシャッターを切り続けました。

<阿波野青畝句碑>
  『葛城の 山懐に 寝釈迦かな』

<役場付近から見た写真>(遠方左が金剛山、右手が葛城山)
  何か手前の山が寝釈迦のように見えませんか?
IMG_3306s.jpg

葛城山をアップで
IMG_3309s.jpg

少し場所を変えた所に句碑(眺望が台無し)
IMG_3339s.jpg

句碑の隙間から眺望
IMG_3340s.jpg

同じ場所から
IMG_3341s.jpg

この名句は金剛・葛城の山々を、高取町の上のような場所から眺めなければ、絶対生まれない句であることを実感しました。


<阿波野青畝句碑>

『飯にせむ 梅も亭午と なりにけり』
梅も亭午(ていご)とは、梅も食べ頃になったという意味で、ご飯をたべましょうという意味だそうです。

IMG_3528s.jpg

IMG_3529s_20160227225007ee9.jpg

 






プロフィール

青龍

Author:青龍
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
萩 (2)
訪問者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR