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平城京跡南門復原工事特別公開

 国土交通省近畿地方整備局と国営平城宮跡歴史公園事務所は、2019年5月25日(土)・26日(日)に、平城京跡第一次大極殿院の南門復原工事特別公開を行いました。 工事現場は巨大な鉄骨製の素屋根で覆われており、この素屋根はレールで移動できるようになっており、南門工事終了後は、東楼、西楼の工事用の素屋根として使われるそうです。

南門復原工事は、建設大手の清水建設が担当しており、現場近くの木材加工所にNC加工機や、製材の最新機械も持ち込んで工事をされています。 古代建築の重要な部分は人手で匠の技術を使って槍鉋などを使って仕上げます。

先日、南門の立柱式が行わればかりで、新聞・TVで報道されていましたが、そのとき立てられた4本の柱が立っていました。 今回使われている柱は、吉野・熊野・紀伊の山林で植林された桧木を伐採して使っているため、木を乾かしながら、含水量を測定しながら造作を行っているとのことです。柱は法隆寺の古代建築とは違って、すべて芯持ち柱とせざるを得ないのです。

南門の復原
 奈良文化財研究所が1973年と2005年に南門跡の発掘調査を行いましたが、南門の礎石は出土せず、基壇の大きさや、階段の位置などから、間口5間、奥行2間で二重屋根をもつ入母屋造りの南門を想定して、復原することとしました。
現場には6×3=18個の礎石が置かれていますが、全国から収集した礎石が使われています。礎石の柱座を円形に加工して、中央にダボを作って柱を据付けるようにしています。

南門復原工事が完了するのは令和4年(2022年)になるとのことです。現在は、まだ柱が4本立ったばかりですが、今後この柱は取り外され乾燥させ、また立てられるそうです。今後も、工事が進行するにつれ現場公開もされるそうですので、大極殿のときのように経過を見てみたいと思っています。

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朱雀門前
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朱雀門から南門素屋根
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朱雀門額
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第一次大極殿院南門方向(宮内を近鉄電車が走る)
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広大な平城宮跡
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第一次大極殿(復原)
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特別公開案内板
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南門素屋根(完成図)と大極殿
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特別見学入口
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階段を上る
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同上
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工事用足場を上る
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さらに上へ
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巨大な鉄骨の素屋根
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最後の階段
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階上から南門礎石と柱
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巨大な素屋根
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立柱式で使われた柱
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匠による作業公開
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はつり作業
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巨大な柱
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平城宮跡歴史公園

今春、2018年3月24日に、国営平城宮跡歴史公園内の朱雀門前広場が整備され、諸施設がオープンしました。 5月の連休に入って、多くの観光客で賑っていますが、 広大な広場ですので混雑感はありませんでした。 各館では、天平衣装の多くのボランティアの方が、笑顔でお客様のおもてなしをされており、好感がもてます。

平城宮跡は約132万㎡の面積があり、甲子園球場約34個分、法隆寺が7個も入る広大な奈良時代の都の跡です。 多くの先達の努力によって、特別史跡として国有地となり、国営公園(一部は、奈良県)として保存されました。 この地に立って、奈良時代と変わらぬ、春日の山々や朱雀大路の景観を眺望しながら、天平時代の人々や、諸外国との交流に想いを馳せると、奈良時代の歴史が現代の歴史とつながっているのだと、つくづく思い知らされます。

 朱雀門ひろばの朱雀大路の西側には、①天平みはらし館、②天平つどい館、③天平みつき館、④天平うまし館が建てられ、観光客が集える場所になっています。 東側には、⑤平城宮いざない館が建てられ、平城宮200分の1の復元模型や、復元された第一次大極殿の5分の1の構造模型が展示されるなど、平城宮について学習できる展示が満載です。

入口には復元遣唐使船が展示されており、乗船して、体感できるようになっていました。パネルには通常1週間で中国に渡ることができたとありました。帆を張り風の力で船を推進したのでしょう。

朱雀門広場
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朱雀大路の両端に柳の並木道
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朱雀門
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復元遣唐使船(横から)
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復元遣唐使船(船首から)
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隋と日本(610年頃)
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遣唐使の航路
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朱雀門ひろば館配置図
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平城宮いざない館
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復元第一次大極殿構造模型
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入母屋造り(一部法隆寺金堂モデル)
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折上組入れ天井(法隆寺金堂内陣天井モデル)
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支輪板解説
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支輪板
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大極殿パネル
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平城宮復元模型
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天平つどい館
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天平みはらし館
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朱雀門(復元二条大路)・若草山方面
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平城宮跡 大極殿方面
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史跡朱雀大路跡発掘調査現地説明会 その2

今回の発掘調査区は南区と北区に分かれています。平城京の正門である朱雀門の南西に位置し、平城京の街区(平城京右京三条一坊一・二坪)にあたる場所で、調査以前は民間企業の敷地でした。

<南区>
南区では朱雀大路の西側溝が南北約20mにわたって検出されました。素掘りの溝で、幅は3.3m~4.8m、深さ60cm以上です。
また、調査区西南部には東西約5m、南北約1mの瓦溜りがあり、また溝にも瓦が検出され、本来は瓦葺きの築地塀が存在したと想定されます。さらに、三条条間北小路(道幅5.5.m)の東西溝が2本検出され、西から東へ流れて朱雀大路の西側溝に接続しています。

朱雀大路の部分(右側)と西側溝(左側)
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朱雀大路の西側溝
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南区遺構全体
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瓦溜りと杭
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<北区>
北区では朱雀大路の西側溝が南北約20mにわたって検出されました。素掘りの溝で東側に杭列が並び、シガラミで護岸された痕跡が残っています。奈良時代の木が腐らないで残っていたとは驚きです。南北で高低差があり北から南へ低くなっています。
坪内東西道路の北側溝が約2.4mにわたって検出されました。南側の溝は後世の削平で残っていません。
また、西側溝の東岸と西岸に橋の橋脚とみられる柱列が検出されました。この部分が右京三条一坊一坪を南北に二分する東西道路(坪内道路)と考えられます。

朱雀大路西側溝
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杭列
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坪内東西道路の北側溝
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溝に架かる橋?
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北側溝
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<出土遺物>
奈良時代の軒瓦が出土、南区瓦溜りから大量の瓦が出土

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和同開珎(708年)、萬年通寶(760年)、銅釘、土馬が 北区西側溝から出土しました。
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史跡朱雀大路跡発掘調査現地説明会 その1

2016年3月5日、午前11時30分より、奈良文化財研究所は朱雀大路の発掘調査現地説明会を開催しました。今回は朱雀大路西側溝を40mに渡って検出し、従来の調査で分かっている東側溝との中心間の幅が約74mであることが分かりました。奈良時代に、幅約74mの道路(朱雀大路という)が、朱雀門から大和郡山市の羅城門まで、約3.7kmに渡ってあったことを実証しました。現在、幅74mを越える道路は関西にはありません。 中国の長安の都、大明宮の朱雀大路の幅は平城京の約2倍あったそうです。唐の都がいかに巨大であったかうかがい知ることができます。

史跡朱雀大路跡
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説明
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朱雀大路復元
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朱雀門
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発掘現場(左側テントが受付)
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受付テント
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東側溝発掘
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平城京宮跡庭園修復現場公開

奈良市は2月6日、7日修復工事中の「平城京左京三条二坊宮跡庭園」(特別史跡・特別名勝、奈良時代)の現場を初公開し、現地説明を行いました。この庭園は昭和50年の郵便局建設に伴う事前発掘調査で、奈良時代の姿を現わし、遺跡が保存されました。この庭園はS字形の池を持つ宴遊施設だったと見なされており、昭和59年から現場を公開してきましたが、経年劣化で景石などの保存修理が必要になり、現在素屋根をかけて修復工事を行っています。現場は、長屋王邸跡であった旧そごう百貨店(現在はイトーヨーカ堂)正面の大宮通りの向かい側にあります。先日の奈良警察署跡の発掘現場もすぐ近くです。

大宮通り(若草山方面)
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平城京左京三条二坊宮跡庭園
素屋根の中が池跡史跡、右側(西)に復原建物
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内部からイトーヨーカ堂方面
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表の看板
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宮跡庭園石柱
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修理現場説明会場案内
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平城京地図
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特別史跡説明版
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庭園跡
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景石
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現場公開:池の底の石と立てられた側石
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景石抜き取り穴
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復元建物
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内部
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