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安倍木材団地の「七ツ井戸」

桜井市の安倍寺跡史跡公園北側にある安倍木材団地一丁目の安倍山田道沿いに「七ツ井戸」とよばれる水が湧き出ている洲があります。ただし、現在はこの場所に名前の如く七ツの井戸があるわけではなく、水が湧きだし泉となっているだけです 。昔は井戸もあったのかも知れませんが。 この湧き水は冬でも枯れることなく綺麗な水が湧き出ており、芹が生えていました。

この水は、吉備の吉備大臣屋敷(吉備真備の屋敷があったという伝説があります)の方へ流れており、今でも水利権は安倍・吉備両地区が持っているそうです。現場の桜井市教育委員会の看板によれば、旧寺川は下地区から高田・生田・阿部地区を流れていた頃の名残の伏流水かと考えられるそうです。現在は公園として整備されており、先日行ったときにも湧き水が湧いていました。

この「七ツ井戸」について、聖徳太子と膳夫姫のお話が「桜井市の昔語り」に紹介されています。膳夫姫が七ツ井戸に芹を摘みに来ていたとき、ここを聖徳太子が通られ、綺麗で賢い膳夫姫を見染められ、お妃にされたそうです。膳部菩岐々美郎女(かしわでのほききみのいらつめ)は聖徳太子に最も愛された妃であると云われ、磯長の聖徳太子のお墓に一緒に葬られています。

膳夫氏は斑鳩の高安に拠点をもつ氏族(高橋氏)ですが、橿原市には膳夫姫がその養母古勢女の菩提を弔うために建立した膳夫寺の後身とされる保寿院があります。膳夫氏の拠点は藤原京近くの橿原市・桜井市にもあったようです。

用明天皇の宮殿は磐余池辺双槻宮(いわれいけのへのなみつきのみや)にありました。用明天皇は息子の聖徳太子を愛し、宮の南の上宮(かみつみや)に居住させました。聖徳太子は斑鳩に遷る前の青年期の大半を上宮で過ごされたことになります。

「七ツ井戸」は安倍山田道を通って飛鳥に至る交通の要衝にあります。聖徳太子はこの道を通って推古天皇の小墾田の宮に通われ摂政として政治を執られました。聖徳太子が居住されていた上宮は、七つ井戸から、東の方向に坂道を登って行くと、現在の奈良県立情報商業高校(旧桜井商業高等学校)付近にあり、直ぐ近くです。そのすぐ横に6世紀中から7世紀の前半の上之宮遺跡があります。聖徳太子の上宮の有力な候補地です。

桜井市教育委員会看板
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公園として整備
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七ツ井戸湧水
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七ツ井戸湧水
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七ツ井戸湧水
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