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磐余の道を歩く その4(若桜神社)

 桜の井から10数メートル南に行くと、大きな鳥居が見えてきます。その左側に「若櫻神社」と刻まれた石標が建っています。鳥居をくぐって階段を登った丘の上に若櫻神社があります。どうやら前方後円墳の後円部の上に建っているようです。ここは桜井市谷に所在する若桜神社です。桜井市にはもう一ヶ所、桜井市池之内に所在する稚桜神社(”若”という字ではなく”稚”という字をあてる)があります。2つの論社(学者の議論になっている神社)は平和共存しています。

若桜神社の祭神は東殿に伊波俄加利命(いわがかりのみこと)が祀られています。第8代孝元天皇の息子・大彦命の後裔で若桜部・阿倍朝臣の祖であると言われています(若桜部は平安時代天皇を支えた集団だそうです)。東殿は延喜式式内社です。

西殿には高屋安倍神社が祀られています。御祭神は大彦命、屋主彦太思心命、産屋主思命。いずれも安倍氏の祖神です。この高屋安倍神社は元は安倍文殊院の近くに鎮座していましたが江戸時代はじめにここに遷座されたようです。西殿は延喜式式内大社です。
(「やまとびと」、2013年 vol.61参照)。

<若櫻神社>
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<社殿>
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<若櫻神社記>
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<境内>
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裴世清を迎えた道 その6(若櫻神社)

今回のコースに入っていませんが、上之宮遺跡から北へ坂道を下って5分ほど行った桜井市谷に、式内社「若櫻神社」があります。この付近には磐余池があったとする説があり、用明天皇の宮「磐余池辺双槻宮(いわれいけのへのなみつきのみや)」もこのあたりに想定されます。上之宮遺跡は双槻宮の南の上殿にあることになり文献の記述と矛盾しません。

千田稔氏は、先日2月22日の聖徳太子の命日に斑鳩ホールで講演を行い、昭和22年に米軍が撮影した航空写真を示して、若桜神社西に磐余池あとが馬蹄形に残っていた、と磐余池は桜井市谷の若櫻神社付近という自説を話されたばかりです。

<式内社 若櫻神社(桜井市谷)>

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<桜の井(鳥居入ってすぐ右手。桜井の地名発祥の井戸?)>
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<祭神>
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<社殿>
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<歌碑>
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<階段>
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<妙養寺(左隣のお寺)>
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<上之宮遺跡方面>
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