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磐余散歩 その3(阿部山)

磐余の中心部に阿部山という小高い丘があり、昔は磐余山と呼ばれていたそうです。そして、この附近に磐余池があり、磐余という名が付く諸宮があったとする説もあります。古地図にはこの丘の上に土舞台という小字名が残されています。そのため、ここを聖徳太子ゆかりの、土舞台として桜井市では顕彰しております。

朝永振一郎ご夫妻、森繁久彌さんを招いた除幕式
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保田輿重郎揮毫の顕彰碑
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裏面
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土舞台広場
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磐余散歩 その2(東光寺)

寺川にかかる東光寺橋を渡ると、コンクリートの擁壁のある東光寺山に出る。東光寺の看板を見つけて階段を登って行くと、磐余山・東光寺と書かれた表札のあるお堂がある。ここにあった東光寺はかっては七堂伽藍が揃った大寺だったらしい。崇峻天皇の御代に創建されたと「東光寺記」にあるそうですが、さらに古いかも知れないようです(栢木喜一「桜井風土記」)。

東光寺の看板
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階段を登る
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お堂が見える
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磐余山東光寺
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お堂跡に石仏
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四国88箇所地蔵
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三輪山が望めます
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鳥見山・音羽山が望めます
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磐余散歩 その1(寺川の堰)

 日本書紀によると、初代神武天皇の和風諡号(わふうしごう)は神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)とよばれます。
神武東征のときに、大和平野へ入られた最初の地が磐余であり、初代天皇の諡号にも磐余という名が付けられています。また、神功皇后(磐余若桜宮)、履中天皇(磐余稚桜宮)、清寧天皇(磐余甕栗宮)、継体天皇(磐余玉穂宮)、用明天皇(磐余池辺双槻宮)の諸宮にも磐余という名が付けられており、聖徳太子が斑鳩以前に過ごした土地としても、磐余という言葉には何かしら郷愁を覚えます。

磐余の若桜神社の東の丘に東光寺山がありますが、この丘は寺川沿いにあり、古くは磐余山と呼ばれていたようです。そこの寺川に東光寺橋が架かっており、この橋を渡って東光寺へ登ります。その橋の少し上流に寺川の堰があります。この堰から水をとり、水路は、若桜神社手前の勧請縄のある場所の水路へ続き、さらには上ツ道の側溝と合流し、大福方面へ続いています。この水路はいつごろからあったものかは不明ですが、古代の宮がこの付近にあったとすれば、かなり以前からあったものと推測されます。

2015年7月に大雨が降ったあと水かさが増した寺川の堰付近の様子を紹介します。

寺川の堰(左手の水路に水を流します)
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左手の丘が東光寺山
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向かいの丘の上に東光寺
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東光寺橋
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水路
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勧進縄付近の水路
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