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法楽寺

生駒市高山町に東大寺別院法楽寺があります。法楽寺は東大寺中興の祖、公慶上人が幼少時代を過ごし、また大仏と大仏殿再建の願をかけた古刹です。法楽寺への入口の道路沿いに高山茶筅の販売所があります。法楽寺の本堂は最近、旧境内から日当たりの良い場所に引かれ移設されました。

 法楽寺は東大寺大仏殿から見て西北約13キロにあります。聖武天皇は大仏殿造営にあたりこの場所の地勢を固めるため、行基菩薩に命じて七堂伽藍を創建させたと伝えられています。しかし元弘3年2月5日、兵火のため伽藍は焼けました。建武2年に鷹山城主主殿介源頼元が檀主となって再建されました。天正5年松永久秀により高山主殿介広頼が守る高山城は落城し、法楽寺の伽藍も消失しました。その後、高山城主源藤光が檀主となり、再建されます。現在の本堂の棟札には寛文3年の再建と書かれています。

 江戸時代前期に鷹山頼茂の第7子であった東大寺中興の祖、公慶上人は3歳の時、父頼茂と大和に戻り、10歳の時法楽寺に入り、13歳のとき東大寺大喜院で出家して、式部卿公慶となりました。公慶は大仏の無残な姿(身体だけあって頭部がない)を見て心を痛め、大仏の修復と大仏殿の再建の願いを立て、貞享2、3年の2回に渡り法楽寺本尊薬師如来の前で二十一座秘法を行いました。その後、幕府の許可を得て勧進に着手し、元禄5年(1692)3月8日から4月8日にかけて大仏開眼落慶法要を行いました。

 公慶上人はその後、大仏殿再建の事業に着手しましたが、完成を目にすることなく、宝永2年(1705)にこの世を去りました。大仏殿の完成落慶法要は公慶上人没後4年目の宝永6年(1709)3月21日から4月8日にかけて盛大に行われました。今日我々が目にする大仏と大仏殿は公慶上人がこのとき再建したものであります。

【本尊】薬師如来坐像
【寺宝】光龍山法楽寺縁起上下、有形文化財(公慶上人立願状 他6点)
【石造物】十三重石塔(康永4年(1345)銘)
     茶筅創案者 高山宗砌(たかやま そうせつ)碑


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<本堂>本尊薬師如来坐像
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<旧本堂跡地>
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