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新羅・任那使を迎えた古代の道 その2

  島の山古墳を出て「筋違道(すじかいみち)」を南下すると、式下(しきげ)中学校の正面を通過し、三宅町「屏風」に入ります。

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『古今目録抄』によると、聖徳太子が斑鳩の宮から橘寺や推古天皇の宮に通うために筋違道をつくり、途中、屏風を立てて休憩されたので、『屏風』という地名がつけられたと伝えられています。

筋違道をはさんで、西側に白山神社があり、東側には杵築神社があります。白山神社には聖徳太子が腰を掛けて休んだと伝えられる「腰掛け石」があります。法隆寺主催で毎年11月22日に行われている「太子道を歩く集い」では、ここで聖徳太子像がお休みになられます。この摂政像はいつもは夢殿の中に安置されていますが、太子道を歩く集いのとき、11月と2月に法隆寺八部衆に担がれて、お出ましになります。

白山神社腰掛け石
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杵築神社には聖徳太子が休憩する様子を描いた絵馬(寛政五年)が掲げられています。また、「おかげ踊り絵馬」(慶応4年)は県有形民俗文化財に指定されています。

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屏風杵築神社
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屏風の清水
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おかげ踊り絵馬
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犬養孝先生揮毫万葉歌碑とあざさの花
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忍性菩薩生誕地碑
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解説
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生前から菩薩と呼ばれた僧 忍性 その1

 2015年7月12日、奈良交通の西山厚先生と行く大和古寺探訪バスツアー「生前から菩薩と呼ばれた僧 忍性」に行ってきました。この日の奈良地方は、高温注意報が出るほど蒸し暑い日でしたが、訪問先々で西山厚先生の忍性や古寺についての得難い貴重なお話を聞けて、大変良かったです。今回の行程は以下の通りでした。

近鉄奈良駅→忍性菩薩生誕の地碑(三宅町屏風)→額安寺(大和郡山市)→北山十八間戸→般若寺→竹林寺(生駒市)
→近鉄奈駅

最初にバスは京奈和自動車道の三宅インターで下車し、三宅町屏風に近年建立された忍性菩薩生誕の地碑を見学しました。生前から菩薩と呼ばれハンセン氏病患者の救済事業に献身した、忍性の生誕地で菩薩の偉業に思いを馳せました。

この碑の建っている前の通りは太子道と呼ばれ、聖徳太子が法隆寺から飛鳥まで通われた道です。付近に聖徳太子の腰掛け石が顕彰されています。配布された西山先生のプリント資料から忍性の略歴を紹介します。

<忍性略歴>
1217年(建保5) 0歳 7月16日 大和国城下(しきのしも)郡屏風里で生まれる。
1232年(貞永1)16歳 母、忍性の将来を憂慮しながら亡くなる。
1239年(延応1)23歳 9月8日 西大寺で叡尊に会う。
1242年(仁治3)26歳 3月25日 西大寺一門北山宿で文殊供養を行う。常施院を建て患者を町まで背負う。
1267年(文永4)51歳 北条重時の七回忌に際し極楽寺(鎌倉)に住む。
1303年(嘉元1)87歳 7月12日 極楽寺で亡くなる。 遺骨を極楽寺、竹林寺、額安寺に分葬する。

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<忍性生誕の地碑>

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<あざさの花>
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<説明板>
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