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梅花の宴と万葉の旅

 2019年4月1日に菅官房長官が新しい年号は『令和』とすること、令和の典拠は万葉集であることを発表しました。
早速調べたところ、岩波文庫の万葉集(二)68頁に、「梅花の歌32首 序を幷せたり」、とあるのを見つけました。

序文には、
  天平二年正月十三日、帥老(そちろう)の宅(いへ)に萃(あつ)まり、宴会を申(の)ぶ。
  時に、初春(しょしゅん)の月(れいげつ)、気淑(うるは)しく風(やは)らぐ。
  梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)に披(ひら)き、蘭(らん)は佩後(はいご)も香(かおり)に薫る。
  ……(以下略)……
  とありました。この序文の中から、「令和」をとったとのことです。

確か、学生時代に犬養孝先生に万葉集を教えて頂いたときに、大伴旅人が60歳越えてから大宰府の帥(そち、長官のこと)として、妻の大伴郎女を伴い赴任し、まもなく現地で妻を亡くし、折から筑前の守として赴任していた、70歳近くの山上憶良ら諸官人等と歌会を行い、「筑紫歌壇」を形成し、万葉集に筑紫に関わる多くの歌を残したと、お聞きしました。

早速、犬養 孝著『万葉の旅(下)』(平凡社)を開いて見ました。126ページに『梅花の宴』と題して、32首の内、大伴旅人と山上憶良の歌、2首が紹介されていました。

『梅花の宴』
 我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも (巻5-822) 主人=大伴旅人
 
 春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮さむ (巻5-818) 筑前守山上大夫=山上憶良

大宰帥大伴旅人の官邸が当時どこにあったかは不明ですが、都府楼址のすぐ北西にある八幡神社付近から蔵司の台地にかけての傾斜地一帯は小字内裏と呼ばれており、この附近かと言われています。奈良の都の平城京からはるか離れた官邸の地で、梅花の宴が盛大に行われました。

中国詩文を模倣駆使した美文の序の一節に、「時に初春の月、気淑く風らぎ、梅は鏡前の粉を披き……」とあります。
外来植物の異国趣味をも十分味わったはずだ。歌は儀礼化・観念化されたものの多い中で両人の作はそれぞれに貫録を示している。鄙の歌壇の記録的行事であった、と紹介されています。

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鑑真の足跡を訪ねて九州の旅 その7(大宰府政庁跡)

753年12月26日鑑真和上一行は大宰府政庁に入りました。「都府楼跡」の名で親しまれている大宰府政庁跡は九州全体を治める役所「大宰府」があった所です。7世紀の後半から奈良・平安時代を通じて、九州全体を治め、外国との交渉窓口として重要な役割を果たしてきました。現在、大宰府政庁跡には往時の建物の大きさを偲ばせる立派な礎石が残り、門や廻廊、役所跡の礎石が復元され公園として整備されています。

<大宰府政庁跡>
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<築地塀跡>
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<南門跡>
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<南門跡説明板>
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<中門跡>
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<都府楼跡石碑>
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<大宰府展示館>
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鑑真の足跡を訪ねて九州の旅 その6(筑前国分寺跡)

天平13年(741)2月14日聖武天皇は全国に国分寺と国分尼寺を建てることを命じました。奈良時代の当時、現在と同様に大地震や天変地異、旱魃飢饉、疫病が大流行し、多くの人々や国を治める聖武天皇を苦しめました。聖武天皇は全国の国分寺に7重塔を建立し、金光明最勝王経の写経を安置して仏に祈り、国が治まるよう願いを込めました。
なお、僧寺と尼寺をセットにして建立する例は中国にはないので、光明皇后のアイデアではないかと西山厚先生は言われていました。

太宰府市国分にある筑前国分寺も全国に造られた国分寺の一つで僧寺と尼寺がセットになっていました。現在は僧寺の塔跡の見事な礎石と、講堂跡が残り、金堂跡に建てられたお堂には平安時代後期の伝薬師如来(重要文化財)が安置されており、ご住職のはからいにより特別に拝顔が許されました。

僧寺から西に300m離れた所に尼寺跡があり、わずかに1つ建物の礎石が残されていました。

<筑前国分寺跡>
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<7重塔 四天柱礎石>
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<心柱礎石>
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<塔跡遠景>
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<講堂跡>
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<筑前国分寺金堂礎石>
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<本堂>
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<薬師如来(重要文化財)と12神将>
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<国分尼寺跡>
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<国分尼寺礎石>
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鑑真の足跡を訪ねて九州の旅  その5(戒壇院)

天平勝宝5年(753年)12月20日に鹿児島の秋目浦に到着した鑑真和上一行は、早くも12月26日には大宰府に入り、観世音寺戒壇院の地で初の授戒を行いました。戒壇院は現在では観世音寺を離れ臨済宗妙心寺派の寺院となっていますが、奈良時代と同じ場所に存続し、開山は鑑真和上です。 天平宝字5年(761)には、鑑真が初授戒をおこなった場所に、奈良朝によって戒壇院が建立されました。

現在の戒壇院には惣(表)門、鐘楼、地蔵堂、本堂(戒壇)、書院(庫裡)、茶室などの建物が建っています。本堂手前には楼門の礎石も残っています。本堂内には石造壇上積型の戒壇を築くので「戒壇院」の名前があります。戒壇堂のご本尊は平安時代造立の毘盧舎那仏(重要文化財)で脇侍は文殊菩薩と弥勒菩薩です。向かって右手に鑑真像が安置されていました。

<戒壇院・惣門>
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<下の看板書き下し>
天下三戒壇の一
 西戒壇
開山 天平宝字五年(761)
    鑑真和上
本尊 毘盧舎那佛
    国指定(重要文化財)
戒壇は、奈良時代に国家が正式に各宗派僧侶の資格を認める受戒の儀式のためと、戒律のために設けられた
本堂内戒壇には 天竺(インド) 唐(中国) 大和(奈良)三国の土が納められている

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<本堂 手前は楼門礎石>
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<本堂内陣>
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<鑑真和上坐像>
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<天然記念物 鑑真和上将来の菩提樹>
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<鑑真和上供養五輪塔>
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<五重塔石塔>
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<日中不戦の植樹>
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<御朱印>
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鑑真の足跡を訪ねて九州の旅 その4(観世音寺)

大宰府観世音寺は天智天皇が母斉明天皇の冥福を祈るために創建したお寺ですが、完成は80年後の聖武天皇の天平18年(746)になりました。寺院は七堂伽藍を備えた壮大な規模で法隆寺と同等の寺域を有していました。761年5月には境内に戒壇院が建てられ、東大寺の戒壇院、下野の薬師寺の戒壇院と並び日本三戒壇が成りました。

平安時代(11世紀)には火災や台風などで諸堂は消失しました。現在あるお堂は江戸時代初めに再建された講堂と金堂(県指定文化財)の二堂だけです。しかし、日本最古の梵鐘(国宝)や、平安時代から鎌倉時代の仏像(すべて重要文化財)が多く残っています。

馬頭観世音菩薩立像は高さ5mもある平安時代造立の像で重要文化財に指定されています。また、十一面観音像(重要文化財)は高さ5mもあり永久元年の墨名があるある貴重なお像です。また、高さ5.15mの不空絹索観世音菩薩立像の巨大さには驚きました。これは1222年(貞応元年)の再興ですが、衣紋などに奈良時代の古像を想起させるものがあります。また、奈良時代創建当初の不空絹索観世音塑像の心木や、顔の塑像断片が展示されていました。

<観世音寺説明板>
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<創建時境内図>
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<本堂>
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<聖観音像>
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<五重塔心礎>
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<日本最古の梵鐘(国宝)>
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ーー
<観世音寺宝蔵>
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<御朱印>
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