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信貴山 その2

寺伝によれば、信貴山は聖徳太子が物部守屋征伐に向かう際、この地で毘沙門天を感得して、戦勝祈願をおこなったことから、戦の後に毘沙門天像を安置し、お寺を創建し、この山を「信ずべき山、貴ぶべき山」と呼び信貴山と名付けました。

その後、信貴山中興の祖である、命蓮上人が醍醐天皇の病を治癒したことから、天皇から、「朝廟安穏、守護国土、子孫長久」を意味する「朝護孫子寺(ちょうご そんし じ)」という勅命を賜りました。

空鉢護法堂は信貴山頂上に建つお堂で、信貴山城の本丸の跡に建つ。1559年に松永久秀が信貴山城を築き、大修復を行った。
信貴山城跡は最近、地元ボランティアの手で整備され、貴重な城跡を見学できるようになっている。


本堂 
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信貴山 朝護孫子寺 門柱
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本堂舞台から眺望
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大和平野一望
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御本尊毘沙門天王
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空鉢護法堂・信貴山城跡へ登山

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多宝塔横から階段を上る
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やっと山頂に着きました。
空鉢護法堂(信貴山城本丸跡に建つ)
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信貴山城趾の石碑
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地図
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山頂からの眺望は素晴らしい
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眺望2
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眺望3
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眺望4
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眺望5
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赤い鳥居をくぐって松永屋敷跡へ
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信貴山城CGイメージ
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信貴山 その1

6月末に信貴山に下見に行ってきました。駐車場に車を止めて、石の鳥居をくぐります。「多聞天」の額が見えます。

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多聞天と刻まれた額
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信貴山観光センターの前に地図がありました。
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文化庁登録有形文化財の開運橋
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橋の手前が平群町、向いが三郷町;川が町の境界
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美しいアーチ形の橋
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バンディジャンプ台
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開山堂
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張子の寅から本堂遠望
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千手の公孫樹
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枝が千手のように繁っている
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騎乗聖徳太子像
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説明
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神木かやの木(樹齢推定1500年)

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信貴山縁起絵巻特別展 その5

 奈良国立博物館では、信貴山縁起絵巻全三巻(国宝)や粉河寺縁起絵巻(国宝)だけでなく、信貴山朝護孫子寺関係の宝物や秘仏、法隆寺所蔵の聖徳太子童形坐像、僧顕真著の「聖徳太子伝私記」などが多数展示されていました(5月22日まで)。 

山崎長者の念持物と伝わる「兜跋(とばつ)毘沙門天王立像」は、四面宝冠を被り、西域風の大変ユニークな守護神の風貌をしていました。同種の毘沙門天王は平安京羅城門の上に守護神として祀られていたようです。

 法隆寺大宝蔵院で展示されている聖徳太子童形坐像(伝七歳像)が、博物館で展示されているとは知りませんでした。このお像は信貴山の僧円快と絵師秦致貞(国宝聖徳太子絵伝の作者)が制作したものであり、法隆寺と信貴山の関係が深いことを示す作例です。 


そもそも信貴山は聖徳太子が物部守屋との戦に臨み、信貴山で感得した毘沙門天王を祀ったことに始まります。 命蓮が入山した時には毘沙門天王を祀るお堂が一宇あるのみでしたが、その後金剛界五仏を祀るお堂などが建てられ伽藍が整えられました。 

聖徳太子童形坐像は、法隆寺東院の絵殿北隅の相殿の本尊として安置されていました。太子の忌日に行われる聖霊会の本尊として用いられました。この日は、いつもと違って随分うるんだお顔をされていましたが、どうしてなのでしょうか?

朝護孫子寺本堂(懸造)
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舞台
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神木
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馬上で笛吹く太子像
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聖徳太子童形坐像(伝七歳像)
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信貴山縁起絵巻 その4

信貴山縁起絵巻物語
(3)尼公巻
 信濃国出身の尼公は、東大寺で受戒するために家を出た弟の命蓮を訪ねて、大和へと旅立つ。東大寺の大仏の前で命蓮の居場所を教えてほしいと一晩中念ずると、夢うつつの尼公に対して、東大寺の西南、未申の方角にある山の紫雲たなびく所に行くようお告げがあった。紫雲たなびく信貴山に行くと、お堂があり、命蓮との再会を果たすことになる。

絵巻解説
 1.信濃国を出発する尼公
 2.村人たちの接待
 3.村人に命蓮の消息を訪ねる尼公
 4.民家の軒先で休む尼公
 5.大和国に近づく
 6.東大寺大仏殿に参籠する尼公(大仏殿が描かれている)
 7.信貴山で尼公と命蓮の再会

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信貴山縁起絵巻 その3

信貴山縁起絵巻物語
(2)延喜加持巻
命蓮が密教の秘法によって延喜の帝(醍醐天皇)の病気を治したという物語。命蓮は京の都からきた勅使の依頼を受け、信貴山に留まったまま、加持祈祷を行い、剣を身にまとい金輪を駆動して空を駈ける護法童子を、都に遣わし、帝の病を無事治したという物語です。護法童子の姿がユニークで一度見たら忘れられない姿をしています。

絵巻解説
 1.勅使一行が信貴山の命蓮に要請するため、置き道を進む。
 2.馬に乗り出発する勅使一行
 3.信貴山のお堂で命蓮に要請する勅使
 4.剣の護法童子が宮中へ到着する
 5.帝の病が平癒し命蓮のもとに向かう勅使一行
 6.信貴山の山を彩る紅葉
 7.褒賞を固辞する命蓮

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