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桜井記紀万葉歌碑 堂本印象揮毫「長屋王の歌」

大神神社宝物殿横の歌碑の広場には三基の歌碑があります。黛敏郎揮毫の歌碑を以前紹介しました。今回は日本画家で著名な堂本印象揮毫の長屋王の歌碑を紹介します。

歌:万葉集巻八・1517
歌人:長屋王
揮毫:堂本印象(日本画家)
場所:大神神社宝物殿横歌碑広場
歌碑番号:展示番号23、桜井市歌碑番号49、山の辺の道パンフレット歌碑番号35
歌:「うま酒三輪の祝(はふり;社)の山照らす、秋の黄葉(もみぢ)の散らまく惜しも」
意味:「うま酒 三輪の神主たちがいる三輪山を照らす秋の黄葉(もみぢ)が散ってしまうのが惜しいことよ」
注1:うま酒は三輪の枕言葉です。
注2:祝(はふり)は神主のことです。神に奉仕することを職とする人


<歌碑>
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<歌碑地図 35>
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桜井記紀万葉歌碑 久松潜一揮毫「三諸(みもろ)は人の守る山」

井寺池畔の東山魁夷氏揮毫の歌碑を右折し、桧原神社方向へ東に30mほど進むと、道沿いの足もとに万葉学者で著名な久松潜一氏揮毫「三諸は人の守る山…」の歌碑があります。今は、傍に植えられた椿の樹木が茂っていますが、歌碑が建立されたときは、三輪山を眺望できる良い場所だったと思います。久松潜一氏は元東大教授で後に慶応大学、国学院大学、鶴見大学でも教鞭をとられた方で犬養孝先生の恩師でもあられた方です。

なお、この歌碑を通り過ぎ東へ30mほど行くと道に出るので, そこを左折して20mほど坂道を登った左手の窪地に、以前紹介した千玄室氏揮毫「鳴る神の音のみ聞きし…」の歌碑があります。

山の辺の道をハイキングする場合お時間許せば、桧原神社で小休止し、是非井寺池に立寄ってみてください。 井寺池の堤防からの東西の眺望は素晴らしく、歌碑も6基あり歌と書の両方が楽しめます。

桜井記紀万葉歌碑原書展 展示番号15
桜井市歌碑番号11、山の辺の道パンフレット歌碑番号26
万葉集巻十三・3222
歌人:作者不詳
揮毫:久松潜一
歌碑場所:井寺池北側の堤
歌:「三諸(みもろ)は 人の守(も)る山
   本辺(もとべ)には 馬酔木(あしび)花咲き
   末辺(うらべ)には 椿(つばき)花咲く
   うらぐはし 山そ 泣く子守(も)る山」

意味:三輪山は 人々が大切に守ってきた山です
    山麓には 馬酔木の花が咲き
    山頂には 椿の花が咲きます
    この山は 何とも心惹かれる山です
    泣く子の 気持ちを静めるようにして 
    大切に 守ってきた山です


<久松潜一氏揮毫歌碑>
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<歌碑番号26>
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桧原神社境内を出て山の辺の道を天理方面へ進むと、まもなく180度ヘアピンカーブする場所があり、そこが車谷(くるまだに)です。そこを纏向川沿いに下るとさらに柿本人麻呂等の多くのユニークな歌碑に出会うことができます。

桜井記紀万葉歌碑原書展 東山魁夷揮毫「大和三山の妻争いの歌」

井寺池畔の川端康成揮毫の歌碑から20mほど北へ進むと、唐招提寺御影堂障壁画などで著名な東山魁夷揮毫の歌碑があります。東山魁夷氏は川端康成の作品「古都」などの装丁も手掛けた方で、川端康成氏を大変尊敬されていたそうで、川端康成氏の歌碑のそばが良いといわれ、現在の場所に決められたそうです。

歌碑は万葉集の中大兄皇子による「大和三山の妻争い」の歌で、達筆の万葉仮名で書かれています。石に刻まれていると風化し細部が見えにくくなりますが、展示された原書は筆の動きもよく分かり、感動しました。

桜井記紀万葉歌碑原書展 展示番号14
桜井市歌碑番号48、山の辺の道パンフレット歌碑番号25
万葉集巻一・13
歌人:天智天皇
揮毫:東山魁夷


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<原書展図録より>
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桜井記紀万葉歌碑 川端康成氏揮毫「大和は国のまほろば…」

井寺池畔の「三輪の桧原にかざし折りけむ」の歌碑のそばを通り過ぎ、さらに西へ進むと井寺池を上下に区切る渡り堤があります。この渡り堤を北へ進むと堤防の中ほどの道の辺に腰の低い川端康成氏揮毫の歌碑「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 大和し うるわし」があります。黛敏郎氏揮毫の歌碑と同じ古事記歌謡です。

桜井記紀万葉歌碑原書展 展示番号13
桜井市歌碑番号10、山の辺の道パンフレット歌碑番号24
古事記歌謡
歌人:倭建命
揮毫:川端康成
歌碑場所:井寺池渡堤畔
歌:「大和は国のまほろば たたなづく 青かき 山ごもれる 大和し 美し」



<川端康成氏揮毫歌碑>
この場所は、西に金剛・葛城・二上・矢田丘陵・生駒の青垣と大和盆地の国原・箸墓古墳が眼下にうかがえる絶景の場所です。
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<眼下に箸墓古墳>
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また、振り返って東を見ると、穴師山・巻向山・三輪山が一望でき、井寺池にその姿を映し出し、まことに景観のよい場所です。

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歌碑の設置場所は、川端康成氏がここが良いと決められたそうです。景観に配慮し丈の高い歌碑は避けるように、子供たちが遠足に来て腰が掛けられるような低い歌碑が良いと言われたそうです。なお、歌碑の書はノーベル文学賞受賞記念講演「美しい日本の私」の原稿から集字されました。

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参考資料:桜井市記紀万葉歌碑原書展実行委員会「桜井記紀万葉歌碑原書展図録」
2014、11月26日~30日.

<歌碑番号24>
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桜井記紀万葉歌碑 三輪の桧原にかざし折りけむ

桧原神社正面階段を降り、二上山に向かってまっすぐ歩くと、井寺池畔のベンチの傍に吉田富三氏揮毫の歌碑があります。三輪の桧原は古の人たちのあこがれの地であり、そこの木の枝を手折ってかざしにして髪に指すと、姿も見違えるように美しくなるし、パワーもいただけます。この歌は田舎の海と山に囲まれた深い自然の中で育った私にとって、大変共感できる好きな歌です。吉田富三氏は著名な病理学者で、かつ万葉集に造詣の深かった方です。丁寧できちっとした素晴らしい書を歌碑として残してくれました。

歌:「いにしへに ありけむ人もわが如か 三輪の桧原に かざし折りけむ」

桜井記紀万葉歌碑原書展 展示番号12
桜井市歌碑番号9、山の辺の道パンフレット歌碑番号29
万葉集巻七・1118
歌人:柿本人麻呂歌集
揮毫:吉田富三
歌碑場所:井寺池畔
歌:「いにしへに ありけむ人もわが如か 三輪の桧原に かざし折りけむ」


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