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生前から菩薩と呼ばれた僧 忍性 その4

  北山十八間戸の北約400m、奈良坂の旧街道の坂道を上ると旧街道に面して、般若寺の国宝の楼門が建っています。国宝の楼門は通常閉門しています。今回はコスモスのシーズンではないので参拝者は少なかったですが、忍性について、お寺の住職さんの理路整然としたお話を聞くことができ、とてもよかったです。般若寺は1180年の治承の乱で兵火に遭い、鎌倉時代に西大寺の叡尊や忍性によって再興されました。現存する国宝の楼門、十三重石塔、笠塔婆二基などはこの時代のものです。忍性は般若寺の近くの北山に北山十八間戸を建立しました。
なお、1331年の元弘の乱では護良親王がこのお寺の経櫃に隠れて危うく難を免れたことが「太平記」に書かれています。その唐櫃が本堂に展示されていました。本堂ご本尊の文殊菩薩騎獅像も優れたお像でした。

国宝楼門
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般若寺のコスモス

 2014年10月4日コスモス咲く般若寺(真言律宗)に行ってきました。以前参拝したときと比べて境内のコスモスの背丈が高くなり、ところ狭しとコスモスが咲き乱れ、コスモス寺という名にふさわしい境内の景色でした。いつコスモスが植えられたのか分りませんが、お寺から頂いたパンフレットには日本最古のコスモス名所と書かれていました。コスモス咲き乱れる十三重塔の前で、2014年9月27日の御嶽山噴火によって命を失った、多数の方々のご冥福をお祈りしました。

 寺伝によればお寺の歴史は随分古く飛鳥時代の629年高句麗僧の慧灌(えかん)によって開かれました。その後、735年(天平7年)に聖武天皇「大般若経」を基壇に納め塔を建立したのが寺名の起こりだそうです。756年(天平勝宝8年)の「東大寺古図」に般若寺の伽藍が描かれており、その頃にはお寺が存在したことは確かである。 895年(寛平7年)ごろには、理源大師聖宝の弟子観賢が学問道場を開き中興しました。 1180年(治承4年)平重衡の南都攻めで伽藍は灰燼に帰しましたが、鎌倉時代の1253年(建長5年)に、東大寺僧侶観良房良恵らの尽力で宋の石工伊行末(いぎょうまつ)石造十三重塔を造立したのを手始めに、次いで西大寺の名僧叡尊上人・忍性らにより再興され、七堂伽藍が整いました。 国宝の楼門と重要文化財の経蔵はその時再建された鎌倉時代の建築です。江戸時代の1667年(寛文7年)現在の本堂が再建され、本尊文殊菩薩騎獅像が安置されています。
 般若寺は西国薬師第3番札所関西花の寺第17番札所であり、コスモスの寺として有名でコスモス咲く頃は訪れる観光客が多い。

主な文化財を以下に示します。

◆ 楼門 (鎌倉時代 国宝
 鎌倉時代再興伽藍の回廊門です。楼門としては日本最古の建築で国宝に指定されています。和様に天竺様式を取り入れ、屋根にそりがあります。通常は閉じられていますが、本日は特別に開門され通り抜けできました。

<楼門>
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◆ 一切経蔵(鎌倉時代 重要文化財)
 元版一切経を納める。元弘の変のときに護良親王が唐櫃に隠れ難を逃れました。

◆ 本堂(江戸時代 県文化財)
  江戸時代の1667年(寛文7年)高任・高栄が勧進して戦国時代に兵火で焼かれた金堂跡地に再建しました。
本堂のご本尊は文殊菩薩騎獅像(鎌倉時代 重要文化財)です。後醍醐天皇の御願仏として造られ、元は経蔵の秘仏本尊であったが、本堂再建と同時に御開扉されました。

<ピンク、白、黄>
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◆ 十三重石塔(鎌倉時代 重要文化財)
 卒塔婆は仏舎利をまつる主要伽藍です。宋の石工伊行末の代表作です。日本最大の石塔で後世の十三重石塔の模範となります。下部の軸石のまわりに、東面に薬師如来、西面に阿弥陀如来、南面に釈迦如来、北面に弥勒菩薩が彫られている。昭和の大修理の際、五重目より阿弥陀如来像(白鳳時代 重要文化財)が出現しました。そのほか、舎利塔・水晶五輪塔・地蔵菩薩立像・箱入り法華経(建長5年(1253年)の墨書紀年あり)などの納入品が見つかっています。

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◆ 笠塔姿(鎌倉時代 重要文化財)
 宋の石工伊行吉が父母の供養のため造立した日本最古最大の笠塔婆です。

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◆ 相輪石(鎌倉時代)

◆ 般若寺型灯籠(鎌倉時代)

◆ 丈六文殊獅子踏み蓮華石(鎌倉時代)

◆ 手水鉢(江戸時代)

◆ 西国三十三番観音石像(江戸時代)

----仏像--

◆ 文殊菩薩騎獅像(鎌倉時代 重要文化財)
 本堂の本尊です。般若経を説いた智恵の菩薩。後醍醐天皇の御願仏として、願主文観上人、仏師康俊・康成、施主藤原(伊賀)兼光らによって造られる。元は経蔵の秘仏本尊であったが、本堂再建と同時に御開扉されました。

◆ 阿弥陀如来像(白鳳時代 重要文化財)
 昭和の大修理の最、十三重石宝塔五重目より出現した仏像。胎内に大日・観音・地蔵の三尊を込めていました。
聖武天皇が平城京の鬼門鎮護のために奉納しました。

<コスモス咲き乱れる境内>
<本堂>

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<十三重塔>

<黄色のコスモス>
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<楼門から見た風景>
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