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石舞台古墳 その2

  石舞台古墳の石室は花崗岩でできた両袖式の横穴式石室で、玄室の長さは7.8m、幅約3.4m、高さ4.8mあります。

羨道の長さは約11.5m、幅2.4m、高さ2.6mあります。玄室は側壁が3段、奥壁が2段の石積で、天井は2つの巨石で覆われています。天井石の重さは北側が64t、南側が77tあると推定されています。

石室に使われている石の総重量は約2300tと推定されています。玄室の壁際には溝があり、羨道中央部の溝に直結して排水したようである.

石舞台古墳の築造は7世紀の初め頃と推定されています。 被葬者は不明ですが、日本書紀に記述がある626年に死亡した蘇我馬子の桃原墓であるという説が有力です。ただし、現在のところ物的証拠は何もありません。

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<特別史跡 看板>

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<石室図面>

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<南側から石室入口>IMG_6754s.jpg

<石舞台:巨大な天井石>
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<石室への石段>
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<羨道中央の排水溝>
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<羨道から玄室>
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<側壁に排水溝>
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<側壁3段、奥壁2段>
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<天井石の間から>
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石棺模型

玄室内から凝灰岩の破片が見つかっており、凝灰岩製の家形石棺の存在が推定されています。 古墳南側の外堤に復原模型が置かれていました。

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石舞台古墳 その1

石舞台古墳は古くから墳丘上部の盛り土を失い、石室の巨大な天井石を露出させ「石舞台」という名で親しまれてきました。石舞台古墳については宝暦元年(1751年)の「古跡略考」や、本居宣長の菅笠日記(明和9年、1772年)に記述があります。昭和8年(1933年)からこれまでに実施された調査によって、墳丘は一辺約55メートルの方墳または上円下方墳で、周囲には周濠と外堤が巡らされており、墳丘と外堤の斜面には貼石が施されていることが明らかになりました。

近年、石舞台周辺は国営飛鳥歴史公園石舞台地区として整備されました。 石舞台古墳の周りは高い生垣によって目隠しされ、有料エリア以外からは全く眺望がきかなくなり、景観が損なわれました。本来、古墳は葺石で荘厳し、廻りから目立つようにしていたはずですが、それが見えなくなってしまったのです。

今回は石舞台を少し離れた場所から眺めた風景をいくつか紹介します。

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<北側道路隔てた丘の上から展望:無料、時間外でもOKです
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<公園内から撮影>
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<周濠>
周濠の幅は約8.1mあります。

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<外堤>
  四方は幅約10mの外堤によって囲まれています。外堤も花崗岩の葺石で飾られていました。
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<周濠と墳丘の葺石>
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<墳丘斜面の葺石>
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<墳丘と外堤の葺石>
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<外堤の葺石>
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<外堤>
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<外堤:生垣で目隠>
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<石舞台は生垣で目隠しされた:石舞台前広場>
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