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梅山古墳の被葬者

 梅山古墳は明日香村に所在する墳丘長140mの唯一の前方後円墳であり、現在宮内庁によって「欽明(きんめい)天皇 檜隈坂合陵(ひのくまのさかあいのみささぎ)」として治定されています。

日本書紀によれば、欽明天皇は571年(欽明32年)4月に亡くなり、5月に河内国古市で殯に付され、9月に檜隈坂合陵に葬られた、とあります。

 その後、推古天皇は、612年(推古20年)2月に、堅塩媛(欽明妃、推古の実母)を檜隈大陵に改葬し、軽の街で誄の儀式を行いました。さらに、620年(推古28年)10月条には、『砂礫を檜隈陵の上に葺き、周囲に土を積んで山を造り、各氏に命じて、土の山に大きな柱を建てさせた。倭漢坂上直の柱が一番高かったので、大柱の直とよんだ』、とあります。

 江戸時代の記録によれば、墳丘は砂礫で厚く覆われているという記述があり、宮内庁による墳丘裾の発掘調査によってもその状況が確認されており、日本書紀の記述からも、梅山古墳は治定のとおり欽明天皇陵であると考える人も多いようですが、埋葬施設については未解明です。堅塩媛が追葬された石棺があるかどうか知りたいところですが…。

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<梅山古墳(欽明陵)>

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<前方部正面は階段のある小山となっている。日本書紀の記述に合致?>
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<前方部から後円部を望む。周濠がある>
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<後円部から前方部を望む> 堂々たる古墳に見える
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