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松阪城下町 その4

松阪城(国史跡)は蒲生氏郷が1588年(天正16年)に築城した城で、日本100名城の一つに数えられています。現在、城跡に建物は何もありません。蒲生氏郷が福島県会津に移封後、服部一忠、古田重勝と城主が代わり、1619年(元和5年)に徳川頼宜が和歌山藩主となり、それ以降明治まで、和歌山藩領となり、勢州領(松阪、田丸、白子など)18万石を統括する城代が置かれました。
 城跡には往時を偲ぶ高石垣や三層の天守閣の跡が残っており、広大な本丸跡が残されています。

松阪市庁
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松阪城大手門跡
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松阪宝塚古墳出土の船型埴輪
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松阪城跡説明
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松阪城跡地図
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石碑史跡松阪城跡
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天守台

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武家屋敷

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参考文献
(1)岡田 登「松阪城下町を歩く」 近畿文化、2017年1月

松阪城下町 その3

江戸時代、江戸や京都や大阪に店子を出し、浮世絵にも描かれていた、木綿問屋長谷川家の松阪の家が文化財として公開されています。土蔵から江戸時代の大判、小判の本物が出てきたことで、松阪市民を驚かせました。現在見つかった大判小判や小銭が展示中です。 旧長谷川家は、現在松阪市が文化財として管理しています。
それにしても、松阪商人は、江戸時代に豪商として名を馳せ、現代の三井家や伊勢丹などにつながっているとは驚きですね。

長谷川家本家
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正面入口
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旧長谷川邸の文化財
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丸三の家紋
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屋敷の模型
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江戸の浮世絵に描かれた長谷川家本家と店子
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旧長谷川邸の文化財的価値
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土蔵
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土蔵内の調査が行われている
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万両箱
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長谷川家家紋入り千両箱
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紀州藩御用金
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大判が見つかる
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小判や一分銀もザクザク見つかった
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邸宅内
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奥まで部屋が続いている。
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寺院などの礎石と思われる庭石
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邸内に稲荷神社
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庭園
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松阪城下町 その2

松阪城下町のつづきです。

JR松阪駅→新上屋跡→三井家発祥の地→松阪商人の館→本居宣長宅跡→旧長谷川邸→松阪市立歴史民俗資料館→松阪城天守閣跡→本居宣長旧宅鈴屋→お城番屋敷→樹敬寺(本居宣長墓)→松阪駅 

本居宣長宅跡(松阪市魚町1645)
 本居宣長が11歳から72歳(ただし、19歳から21歳までは伊勢国山田の紙商今井田家へ養子に出される)まで暮らした旧宅跡です。 旧宅(鈴屋)は1909年に松阪城跡に移築され公開されています。現在、魚町のこの地には本居宣長旧宅地跡、長男・本居春庭旧宅、土蔵が残っています。本居宣長の医者としての診療活動や古事記研究、源氏物語の講座活動など、ありし日の事績を偲ぶには、鈴屋もこの場所にあった方がふさわしいと思いました。 松阪城跡の鈴屋が昔からあの場所にあったと誤解する人も多いのではないでしょうか。

本居宣長宅跡
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説明
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旧本居春庭宅
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旧本居春庭宅内部
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井戸
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燈籠
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土蔵
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本居宣長宅跡配置図
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松阪城跡 本居宣長旧宅(鈴屋)(松阪市殿町)
本来は魚町にあった本居宣長旧宅です。

 2階の右奥が4畳半の鈴屋で書斎でした。1階では診療も行いました。
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本居宣長旧宅説明
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2階4畳半書斎 「縣居大人之霊位」の書。 賀茂真淵先生のこと。
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本居宣長自画像
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本居宣長17歳の時描いた日本地図
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樹敬寺(本居宣長家の墓地)

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松阪城下町 その1

外宮参拝のあと、近鉄電車で松阪に移動し、松阪の城下町を以下の経路でめぐりました。松阪は地元では濁らず、まつさか、と発音します。

 JR松阪駅→新上屋跡→三井家発祥の地→松阪商人の館→本居宣長宅跡→旧長谷川邸→松阪市立歴史民俗資料館→松阪城天守閣跡→本居宣長旧宅鈴屋→お城番屋敷→樹敬寺(本居宣長墓)→松阪駅 

松阪は1588年に蒲生氏郷が松阪城(現在は石垣のみ残る)を築き、楽市楽座の制をしき、また伊勢参宮街道を城下に引き入れるなどし、城下町の繁栄をはかりました。伊勢の大湊の廻船問屋の角屋七郎次郎は氏郷の招きにより、大湊から松阪に移りました。 

江戸時代になると伊勢参りの宿場町として栄え、また商人の町として大きく発展しました。松阪の特産物の木綿は江戸っ子に好まれ、日本一の大商人として三井高利を祖とする三井家や、小津家、長谷川家などの豪商が出現しました。 現在では松阪牛の老舗「和田金」や牛銀がグルメファンに好まれています。

江戸時代に「古事記伝」を著した国学者本居宣長が居住したのも松阪です。見所の多い城下町であります。

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新上屋跡
本居宣長と賀茂真淵が対面した旅館「新上屋」跡地です。宣長30才あまり、真淵70才ちかくでした。この対面で真淵は宣長に古事記の研究をすすめました。 以来宣長は、35年間研究をすすめ、「古事記伝」(古事記の注釈書、全44巻)を完成しました。

新上屋跡(ビル)
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石碑
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三井家発祥の地
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来遠像(ライオン像)
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松阪商人の館(旧小津清左衛門家住宅)
 小津家は1653年江戸大伝馬町一丁目に紙店(小津屋)を開業。1698年隣に木綿店(伊勢屋)開業。町内木綿店74店の内、伊勢国出身者が約6割を占めたそうです。

商人の館
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遠方正面のビルが和田金
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伊勢神宮外宮参拝


2017年1月、近鉄電車の伊勢神宮初詣割引きっぷを利用して、伊勢神宮外宮参拝と松阪の史跡を巡りました。伊勢神宮外宮周辺は学生の頃、住んでいた所で、除夜の鐘を聴いてから、徒歩で外宮に初詣に行っていましたので、懐かしい場所です。

今回、伊勢市駅に降り立った所、外宮への参道の両側のお店が綺麗に整備され、おかげ横丁のような街並みができており、驚きました。昔は外宮の方も大変賑っていたようですので、その復活を目指しているのかも知れません。しかし、七越ぱんじゅう店はどこにも見当たりませんでした。

伊勢神宮外宮では、新年を寿ぐ大勢の参拝者が詰めかけていました。外宮祈祷殿では御神楽を奉納し、楽士の奏でる典雅な雰囲気の中、倭舞や人長舞を奉納しました。その後、外宮正宮の参拝を行いました。

外宮では、今から約1500年前の雄略天皇22年(478)に、丹波の国から豊受大神をお迎えし、それ以来毎日、朝夕二回天照大神様にお食事をお供えする儀式(日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)が行われています。夏は8時と16時、冬は9時と15時にお供えします。外宮でお食事をお供えするのは、まず外宮で賞味をしてから、内宮の神様にお供えするからという説もあるようです。

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祈祷殿入口
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祈祷殿正面
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式年遷宮前の正宮の場所
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外宮正宮
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三ツ石(三個の石を重ねた神聖なお祓いの場所:手をかざさないこと)
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木を切ったら苗を植える
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土宮
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井戸
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下御井神社
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伊勢市駅から外宮参道が一直線につづきます。
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モニュメントとしての鳥居
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献灯の趣旨説明
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参道両側に店
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旅館山田館
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昔の写真
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旧郵便局
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