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高松塚古墳壁画 その4

高松塚古墳西壁男子群像について

 高松塚古墳西壁南側入り口には四人の男子像が描かれています。一番左端(一番南側、石室入口側)の男性は両手で折り畳み式の椅子を持っています。左から二番目の濃紺の衣服を着た精悍な表情をした唇に紅を塗った男子は、矛のようなものを赤い袋で包み右肩にかけています。左から三番目の人物は緑色の衣服を着て、腰のあたりで紐をリボン状に結び、首から黄色い袋を下げています。一番右端の人物は白っぽい衣服を身に付け、ホッケーのステッキのような先の曲がった杖を握っています。

<高松塚古墳壁画西壁男子群像>
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高松塚古墳壁画 その3

  高松塚古墳東壁入口(一番南寄り)に、頭に黒い冠を載せた4人の男子群像が描かれています。 一番入口に近い右端の男子像は泥水の漏水で大きく損なわれています。

右から二人目の黄色い衣服を着けた男子像は左手を上、右手を下にして緑の地に赤色の縁飾りを付けた蓋(きぬがさ)の長い黒色の柄をしっかりと握っています。四本骨の方形の蓋は、深緑の表に朱色の裏を付けていることから、養老儀制令から一位の太政大臣がさすことのできる蓋であるという説が出され、被葬者当てをする「学者」の有力な根拠になっています。 

右から三人目の人物は、唇は赤く塗られ首から黄色い袋を下げており、左の人と会話をしているようです。黄色い袋の用途はいったい何でしょうかね、一番右端の男子も持っているようですし、次回に説明する西壁の男子群像の一人も僧侶の頭陀袋のようなものを持っています。

一番左端の男子は緑色の衣服を身に付け、太刀を納めたと見られる結構長い赤色の包みを肩にかついでいます。法隆寺聖霊院の右端の厨子に安置されている卒麻呂王の持つ太刀の袋のような形をしています。

 高松塚古墳が築造された時期は7世紀末から8世紀初めとされており、法隆寺西院伽藍ができた年代と重なる時代であることから、高松塚の壁画を法隆寺金堂壁画や玉虫厨子の絵と対比してみるのも面白いかと思います。

<高松塚古墳東壁入口(南端)男子群像>
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高松塚古墳壁画 その2

  高松塚古墳壁画東壁の一番奥(北寄り)の被葬者の枕元には、西壁壁画と同様に4人の女子群像が描かれています。しかし、壁画発見当初から4人のうち右の2人の顔の部分の壁画が失われていました。4人は左から順に薄桃、赤、黄、緑の色鮮やかな衣服を身に付けていました。左端の女子は手に「払子(ほっす)」のような持ち物(「蝿払(ようほつ)」)、右端の女子は赤い「円翳(えんせん)」を持っています。西壁の女子群像と比べると、こちらは頭の高さをそろえており、四人がより近い関係にあるように描かれています。

<高松塚古墳石室東壁一番奥(北側)の壁画女人像>

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<中国西安永泰公主墓壁画(706年):如意棒と円翳をもつ女人像>

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高松塚古墳の壁画 その1

 1972年(昭和47年)3月21日,高松塚古墳の発掘をしていた橿原考古学研究所の網干善教氏のチームが、我が国初めての極彩色の壁画を発見して以来42年が経過しました。当時の橿原考古学研究所長は極彩色の壁画の保存の重要性から石槨を密閉し、その保存・管理を文化庁に委ねました。古墳は1973年に国特別史跡に、極彩色壁画は1974年に国宝に指定されました。文化庁は保存施設を古墳の中に造り、空調設備を設置し壁画の厳重管理をしていましたが、昭和56年頃にはカビが石槨内に広域に発生し、壁画を損なうまでになりました。そのため、高松塚古墳の墳丘を破壊し、石室を解体し、外部の修理施設でカビ除去の作業をせざるを得なくなりました。今思えば、古墳の発掘経験や石室内の管理について十分経験を持たない官僚組織に、管理を丸投げしてしまった側にも問題があったように思われます。
今後、高松塚古墳の壁画について何回かに分けて紹介します。
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<西壁一番奥(北)の女子群像>(壁画館パンフレットより) 
  飛鳥美人の名で親しまれている女子群像で被葬者の枕元にいます。四人の女子が黄、薄桃、赤、緑の上衣を身に付け、床にふれる丈の袴をはき、それぞれが別々の方向を向いています。頭の位置を変え、少しずつ重ねることによって遠近感を表現しています。黒い髪は頭の後ろの首のあたりで束ねています。肌は淡い桃色で描き、唇にはあざやかな赤が塗ってあります。 4人の内、2人が手に物を持ち、左の人はうちわのような「円翳(えんえい)」、右の人は孫の手のような「如意(にょい)」を持っています。歩くとき引っかからないように裾を如意で持ち上げるのだという人もいます。それぞれの用途を考えてみるのも面白いと思います。

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高松塚壁画公開

 国営飛鳥歴史公園内にある高松塚壁画修理施設で8月23日~31日(ただし、8月27日はお休み)の間、国宝の高松塚壁画の一般公開(12回目)が行われています。新聞で公開されていることを知りかけつけた所、当日受付でしたが見学できました。

本物の石室の石材や壁画の絵を観察できてよかったです。やはり本物には石材の加工跡とか多くの情報が含まれていますので、機会があれば何回でも見たいものです。今回は見学用通路の窓から見える位置に東西両壁の男子群像と女子群像の石材が4枚並べられており、カビからの修復の様子も観察でき、かなり改善されている様子が分りました。

その他の白虎、玄武、青龍の絵を眺めたり石材を観察したりしているとあっという間に10分間が過ぎてしまいました。余りにも短すぎる見学時間でこれではじっくりと観察もできません。

配布されたパンフのデジカメ写真と昨年中国西安に行ったとき永泰公主墓で撮った壁画の写真を紹介します。

<飛鳥歴史公園・修理施設>

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<配布パンフ(一部)>
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<永泰公主墓壁画>

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