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志摩スペイン村行き

 子供たちの春休みを利用して、近鉄特急で、志摩市鵜方の志摩スペイン村へ遊びに行ってきました。 大和八木から2時間足らずで鵜方駅に、到着しますので、車で出かけるより楽でした。 鵜方駅からは三重交通のバスに乗車しましたが、乗客が多く補助席もすべて使用し、10数分で、スペイン村へ到着しました。春休み中とあって村内は、予想以上に大勢の家族連れで賑っており、乗り物は30分待でした。子供たちは大喜びで、また行こうねと言っていました。奈良市内からは遊園地がなくなり遊ぶところがありません。

パレードの様子を寫しました。

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南伊勢の海とチリ地震津波

 1960年5月22日にチリ中部近海で発生した地震はモーメントマグニニチュードMw9.5と推測される観測史上地球上最大の地震であるとされています。長さ850km、幅180kmの断層が動いたと推定されています。この地震による津波がハワイ諸島に被害をもたらし、次いで、地球の裏側にある日本の太平洋沿岸にも多大な被害をもたらしました。 

実は私は子供のときに、南伊勢のこの湾岸で津波の様子を数時間の間、目撃していました。 それはすごいもので、普段は満々と海水をたたえていた美しい湾の海の水が、突然流れの早い引き潮となって大きな岩石もろとも沖へ持って行かれ、海の底が赤みを帯びた土となって露出しました。 

大きな魚も流れの早い引き潮に対応できず、海の底に取り残され、何匹もピチピチ跳ねていました。 しばらくすると、今度は沖の方の海が山となって轟音を発しながら巨大な津波が押し寄せてきました。海底の岩石を引きずりながら津波が押し寄せてくるため、ものすごい轟音が発せられます。

津波は普段は堤防があって道路となっていた道を簡単に乗り越え高さ数メートルの海水が山側に押し寄せ、海岸そばの民家は浸水しました。この津波は多分20数分ごとに繰り返し何度も押し寄せてきました。

このとき、子供心ながらに自然の力はすごいな、人間の力がはるかに及ばないところにあるんだなと、畏敬の念を覚えました。その時、自然現象は人智を超えた所で発生することがあるので、人間は自然に対して謙虚でなければならないと強く感じました。

この湾の海の水が引いて行きました
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中部電力は同じ町内の南伊勢町芦浜というところに原子力発電所を建設することを計画し、金と権力と暴力団を使って、原発反対運動をつぶそうとしましたが、激しい闘いの末、三重県当局は原発建設計画を白紙撤回しました。 三重県熊野灘沿岸は周期的に東・南海地震に見舞われ、過去において高さ30mにも及ぶ大津波に襲われ全村壊滅した村が出るなど恐ろしい歴史があります。もし、芦浜に原発があるなら福島原発のように原子炉メルトダウンの事故が起こりかねません。

この津波を見て以来、津波の危険性について多くの人に体験談を話してきました。芦浜原発については、地元の人々は身をもって津波を体験していますから、反対する人も多い訳です。

福島原発でとうとう恐れていた大津波がやってきて、電源喪失により炉心を冷やすことが出来なくなり、あっという間に炉心は溶けてしまって、水蒸気爆発を起こし、かくも簡単に放射能を空中と海中にまき散らしてしまいました。

鹿児島県川内原発を再稼働させた途端に桜島大噴火の危機が迫り、島民は避難準備で大変です。桜島周辺には姶良カルデラが存在し、約2万年前に破局的大噴火が発生しました。原発を稼働させる場合には、原子力規制委員会は、自然を畏敬し、破局的大噴火を想定した対策を講じることが必要です。2万年前のことが、明日発生するかも分からないのです。それが自然というもので、いつ発生するか予測できないので、発生しても大丈夫なように対策を講じる必要があります。

想定外の破局的噴火が起こったので、予測不能であったので責任がないと言わせてはなりません。安倍首相はじめ口先だけの安全宣言で再稼働を行った者の責任は重大です。ただちに原発を停止し、核燃料を安全な場所に搬入すべきだと思います。時間がないので急ぐべきです。







 

南伊勢の海と海松

 お盆休みに墓参りのため伊勢志摩は南伊勢町の湾岸をドライブしてきました。温暖で穏やかな湾では真珠や海苔の養殖がおこなわれています。

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この湾では、海松(ミル)と呼ばれる毬藻のような感触を持つ樹枝状に枝分かれした海藻が採れます。松の葉のような形をしているため、海松という名が付けられたようです。海松は万葉集にも詠まれ、また平城京の長屋王の邸宅跡から出土した木簡にも志摩国から納められた海松の名が書かれており、奈良時代より貴重な海藻であったようです。 夏の今の季節になると地元のお店に並びます。 酢味噌を付けて食します。歯ごたえがあってさっぱりとした食感で無味ですが、一度食したらはまります。日持ちしないので都会のスーパなどでは見かけません。一度ご賞味あれ。

海松(みる)
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海松(みる)
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さらに、この湾岸のみかん畑ではおいしい温州蜜柑が採れ味は絶品です。内瀬みかんと云います。ご賞味あれ。


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賢島横山展望台

 2014年6月12日~13日大和から車で伊勢志摩方面へ出かけ遷宮を終えた伊勢神宮外宮と内宮および本年遷宮を予定している滝原宮と伊雑宮を参拝しました。また、大和と関係の深い斎宮の史跡を訪ねました。 まずは、2009年にミシュラン「グリーンガイドジャポン」で一つ星に認定された横山展望台の景色から紹介します。

<室からの景色>
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<横山展望台>
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<英虞湾地形図>
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安乗灯台

2013年3月29日安乗灯台を久しぶりに訪問しました。

ここは、映画「喜びも悲しみも幾年月」の撮影現場になった所で、絶景です。

また、この近くには奈良時代から志摩の国の国府がありました。

国府(こう)の浜は波が高く、サーフィンのメッカです。

帰りは近辺で、おいしくて安い干物を、沢山買って帰りました。


伊雑宮では、来たるべき東海、東南海、南海大地震でこの灯台まで津波が
来ないことをお祈りいたしました。



<写真1 安乗灯台近景>
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<写真2 安乗灯台遠景:昔の写真から>
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<写真3 安乗灯台上から>
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<写真4 安乗灯台付近>
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<写真5 「喜びも悲しみも幾年月」映画撮影>
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<写真6 安乗灯台歴史>
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<写真7 的矢湾の夕日:サンペルラ志摩から>

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