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大和路仏像セミナー(2)

 興福寺で山崎隆之氏(愛知県立芸術大学名誉教授)による大和路仏像セミナー(第2回) 『時代を映す仏の造形美~飛鳥・奈良時代をつむぐ』が開催されました。 前回は袈裟の付け方についての実演がありました。このおかげで、長年疑問であった法隆寺金堂の釈迦如来の裳懸の襞のでき方が分りました。

 今回は飛鳥時代から奈良時代の代表的な仏像についてお話があり、大変興味深かったです。飛鳥大仏については顔の上部と手の指の一部は創建時のものであるが、その他の体の部分は後補である。

法隆寺の釈迦三尊像は、その光背の銘に623年に聖徳太子の病気平癒、および浄土への成仏を願い、止利仏師が造ったことが刻まれており、日本最古の仏像である。 釈迦三尊像は中国北魏の時代の龍門石窟賓陽洞の仏像とよく似ている。恐らく、止利仏師の先祖が日本へ来るとき、北魏の小さな仏像を携えて来て、それをモデルとして釈迦三尊像を作ったのではないかと考えられる。 

飛鳥時代には中国の古い時代の仏像しか知らなかったが、遣隋・唐使が派遣されるようになってから、中国の新しい様式の仏像が入ってきて、白鳳時代の仏像が造られるようになった。法隆寺の夢違観音や橘夫人念持仏は、童子・童形の仏像の姿をしている。

東大寺法華堂の執金剛神像を見るとき、正面からではなく通路右側の下から見上げるとよい。執金剛神像は鎧を付け、天衣をなびかせてお釈迦様の背後にあって、いざというとき独鈷杵(金剛杵)を投げつけてお釈迦様を守る。 執金剛神像は野茂選手のトルネード投法のように左肩を前に突き出し、右肩を後ろにひっこめて、身体をひねって、今にも独鈷杵を投げつけようとしている。

そのほか色々な仏像の特徴や見方について興味深いお話がありました。

猿沢池
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興福寺五重塔
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北円堂
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興福寺三重塔

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セミナー
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地図
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興福寺五重塔・三重塔特別公開 その2

 興福寺の五重塔の特別公開に合わせて三重塔も特別公開されました。同時公開は初めてだそうです。

三重塔案内板
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三重塔は1143(康治2)年、崇徳天皇の中宮皇嘉門院聖子が発願し、建立されましたが、1180(治承4)年に焼失後、まもなく再建されました。北円堂とともに興福寺では最古の建築で鎌倉時代の建物ですが、皇后発願のゆえか、木割が細かく軽やかで優美な、平安時代の建築様式を伝えています。一層部分は二、三層部分と比べて大きいので、安定感があります。
 
 初層の東の須弥壇には弁財天と十五童子像が安置されています。弁財天は弘法大師勧請の伝承があり、頭部に白蛇神を載せ宇賀神と習合した姿をしています。毎年7月7日に開帳され、お祭りがありますが、今回は特別の公開となっています。拝観したところ、弁財天像と十五童子像は鮮やかな彩色もよく見えました。弁財天は頭上に「赤い鳥居」と宇賀神を配していましたが、赤は興福寺流なのでしょうか?

初層内部の四天柱をX状に結ぶ板には、東方に薬師如来像、南に釈迦如来像、西に阿弥陀如来像、北に弥勒如来像をそれぞれ千体描いています。また、四天柱や長押、外陣の柱や扉、板壁には宝相華文や楼閣、仏や菩薩など浄土の景色、あるいは人物が描かれています(配布パンフレット参照)。
しかし、これらの板絵や柱などに描かれた文様は肉眼ではほとんど確認できませんでした。復元絵図があるようですが、フェンスに吊るされているだけなので、よくわかりませんでした。

今回、三重塔内陣の往時の復元絵図をデジタル化し、バーチャル的に内陣の板壁や長押や柱などに、マッピングした映像を作成し、それをゴーグル眼鏡で見る催しがありました。当時の三重塔内陣の極彩色の空間の様子が映し出されました。わずか3分の映像ですが、体験をおすすめします。

三重塔(開扉中)
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内陣(パンフレット写真)
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内陣天井
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弁財天
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内陣の絵
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VR(Virtual Reallity)体験

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興福寺五重塔・三重塔特別公開 その1

 興福寺では現在、五重塔と三重塔を特別公開(2016年8月26日~10月10日)しており、初日の8月26日に拝観しました。

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 五重塔は730(天平2)年に、藤原不比等と県犬養橘三千代の娘の光明皇后の発願によって建立されました。皇后は自ら伽藍に臨んで土を運び、「公主夫人・命婦采女・文武百寮」があとにつづき、その年のうちに出来上がったとあります(「宝時記」)。
現在の五重塔は、過去五回の焼失を経て、室町時代の1426年(応永33)頃に再建された建物で、590年経過しており、かなり傷んできているとのことでした。

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五重塔(開いた扉の横に立つ係員)
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五重塔(開扉)
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 創建時は、初層には四天柱の各方、すなわち東に薬師浄土変、南に釈迦浄土変、西に阿弥陀浄土変、北に弥勒浄土変が安置されていました。西の阿弥陀浄土変は、阿弥陀如来像を中心に両脇侍を含めて22体の菩薩像が安置され、鶴や孔雀などの鳥が10羽、宝樹までも配され、阿弥陀浄土の様が表わされていました。光明皇后の阿弥陀信仰がうかがえます。 また、創建当初には各層に水晶の小塔(舎利塔)と経典が安置されていました。 

現在は、五重塔の初層の心柱のまわりに、以下の三尊坐像が安置され、今回6年ぶりに公開となりました。

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 東:薬師三尊像(月光菩薩、薬師如来、日光菩薩)
 南:釈迦三尊像(普賢菩薩、釈迦如来、文殊菩薩)
 西:阿弥陀三尊像(勢至菩薩、阿弥陀如来、観音菩薩)
 北:弥勒三尊像(大妙相菩薩、弥勒如来、法苑林菩薩)

薬師三尊像
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釈迦三尊像
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阿弥陀三尊像
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弥勒三尊像
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心柱は四角い板で囲まれていましたが、礎石と接触する下方の部分は板が外され、礎石の上に載せられている心柱の円柱の部分が観察できました。かなり太い心柱で、直径を説明要員に尋ねましたが分からないとのことでした。内部に階段がついており、各層へ上がれるようになっているようです。可能なら各階からの眺望を見てみたいものです。

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☆興福寺の歴史年表
 669(天智2)年:藤原鎌足の妻、鏡女王が山背国に興福寺の前身山階寺を建立。
 672(弘文2)年:山階寺は飛鳥地方に移転し、厩坂寺と改称する。
 710(和銅2)年:藤原不比等が厩坂寺を改称して興福寺とし現在地に移転した。
 721(養老5)年:藤原不比等の菩提を弔うため元明上皇が北円堂を建立。
 726(神亀3)年:聖武天皇が元明上皇の病気平癒を願い東金堂を建立。
 730(天平2)年:光明皇后の発願で五重塔を建立
 734(天平6)年:光明皇后が母橘三千代の菩提を弔うため西金堂建立
 813(弘仁4)年:藤原冬嗣の発願で南円堂が建立。伽藍は整った。
 970(天禄元)年:一乗院門跡が開設される。
1087(応徳4)年:大乗院門跡が開設される。
1180(治承4)年:平重衡の南都焼打ちで伽藍のすべてが消失する。
1187(文治3)年:東金堂再建山田寺本尊の薬師如来像を東金堂に移す。
1189(文治5)年:南円堂本尊が奈良仏師によって復興される。
1210(承元4)年 :北円堂、三重塔が再建された。
1411(応永18)年:東金堂焼失
1415(応永22)年:東金堂再建(現在の東金堂。室町時代再建。建築様式は天平時代の創建時の様式で再建)
1426(応永33)年:五重塔再建(現在の五重塔)
1717(享保2)年:大火災。北円堂、東金堂、五重塔、三重塔以外は全焼。
1741(寛保元)年:南円堂再建(現在の南円堂)
1870(明治3)年:廃仏毀釈で壊された建物はない。興福寺の僧がすべて神官となり寺は無住職となり荒廃
1880(明治13)年:興福寺旧境内が奈良公園となる。
1937年(昭和12)年:東金堂から仏頭が見つかる
1959年:食堂跡に国宝館建設
1998(平成10)年:世界遺産に登録される。
2010: (平成中金堂再建中
2018(平成30年):中金堂落慶予定

興福寺五重塔

 興福寺菩提院へ行ったとき、五重塔へ立寄りました。興福寺五重塔は高さが50mもあり、近くで見ると圧倒されてしまいます。現在、興福寺境内は工事中であちこち柵で囲まれ見学できない建物が多いです。

五重塔と東金堂
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五重塔(1426年再建)
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1重以上の屋根
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屋根の幅の逓減率は小さい
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奈良まほろばソムリエの会の方の説明用模型
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説明板
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奈良時代の燈籠基台
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現在の燈籠
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奈良県庁(奈良時代は興福寺境内でした)
祝 全国制覇おめでとう! 智辨学園高等学校の幕
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興福寺菩提院

 興福寺境内を猿沢池方面へ出ると三条通りに出るが、この道を渡って歩道を春日大社方面へ上がると、スロープを下った所に玄昉創建と伝える菩提院大御堂があります。三条通り沿いの建物の塀際に木の標柱が建っており、「菩提院大御堂通称十三鐘」および「傳説三作石子詰之旧跡」と墨で書いてあるので場所がわかる。

興福寺菩提院入口
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本堂
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ーー
説明板
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石亀
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玄昉創建
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