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正倉院聖語蔵

正倉院の正面から左方向を見ると、木立の中に校倉造りの正倉院聖語蔵(しょうそういんしょうごぞう)という鎌倉時代の建物が見えます。これはもともと東大寺塔頭の尊勝院の経蔵で転害門内にありましたが、明治時代に東大寺が奈良時代の経典を多数納めたまま聖語蔵を皇室に献納し、それに伴い東宝庫隣りの現在位置に移築されました。経典類は中国の隋経・唐経をはじめ奈良・平安・鎌倉時代の古写経約五千巻があり、現在は東宝庫に収蔵されており、今年の正倉院展にも一部が出展されました。



<正倉院聖語蔵>
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正倉院

正倉院は平成大修理が完了し、2014年10月25日から一般公開を再開しました。これまで機会がなく再開後初めて見学に行ってきました。やはり、すごい建物です。

正倉院は間口が9間33m、奥行3間9.4m、床下2.7m、総高14m、檜造り、寄棟本瓦葺きの巨大な高床式建物です。巨大な建物は床下の長さ約2.7m、直径約60cmの丸柱、4本(奥行)×10(間口)=40本、で支えられています。柱は自然石の礎石の上に立てられています。 この建物のミニチュア版としては法隆寺の国宝・綱封蔵があります。

建物は東面して建っており、正面から見て右が北、左が南です。内部は3室に分かれ、右から左へ北倉、中倉、南倉と呼ばれています。北倉と南倉は三角材(校木:あぜき)を井桁状に組み合わせた校倉(あぜくら)造りであり、中倉は北倉の南壁と南層の北壁を利用して南北の壁とし、東西両面は厚い板をはめて壁とした板倉造りです。各倉とも東側の中央に入口があり内部は二階造りとなっています。 法隆寺の綱封蔵の中倉部分は空間となっていますが、正倉院は創建当初から中倉であったようです。

天平勝宝八歳(756年)6月21日、聖武天皇の七七忌にあたり、光明皇后は供養のため御遺愛品を盧舎那仏に献納し、その宝物は北倉に収蔵され、それ以外の東大寺ゆかりの宝物などは中倉と南倉に収蔵されています。 北倉の開扉には勅許を必要としたので勅封倉と呼ばれ室町以後は天皇親署の封が施されされました。中倉は北倉に準じて勅封倉として扱われ、南倉は僧綱(寺院を管理する役)の封を施してきました。法隆寺の正倉は僧綱が封をするので、綱封蔵と呼ばれます。明治以降は南倉も勅封倉となり宮内庁管轄となりました。東大寺には、かって正倉がいくつかあり、その他の建物も含めてこの辺り一帯は正倉院と呼ばれています。

なお、現在、宝物は正倉でなく鉄骨鉄筋コンクリート造りの西宝庫(1962年築)と東宝庫(1953年築)に収蔵されています。
西宝庫は勅封倉で毎年秋に開封され一部の宝物が奈良博物館で展示されます。東宝庫には染織品などや整理中の宝物や聖語蔵経巻が収納されています。

平成9年(1997)に正倉は国宝に指定され、1998年に「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されました。


<正倉院>
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<瓦:右端の白色瓦は新調、古瓦はまだらで黒っぽい>
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<瓦:右側屋根>
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<瓦:左側屋根>
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<中倉は板倉造り、北・南境界の壁は校倉>
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<中倉と北倉の境界>
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<北倉:校倉>
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<南倉:床下柱と礎石>
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<北倉:床下柱と礎石>
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2011正倉院展

 2011年10月30日オータムレートで正倉院展に行ってきました.

最も印象深かった展示品は,北倉の「金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんそうのからたち)」です.これは中国・唐で作られた聖武天皇愛用の遺品です.その豪華さにひと目で心奪われました.柄には鮫皮を巻き,鞘には唐草紋の透かし彫りがありました.透彫りの隙間に散りばめられた赤い水晶玉と青・濃緑色のガラス玉は色鮮やかでした.刀身は直刀で切先鋭く先から約10センチ程は両刃作りでした.藤ノ木古墳でこの大刀と類似の豪華な大刀が2口出土しており,伊勢神宮の玉纒の大刀の原型となるものです.

 東大寺山堺四至図(とうだいじ さんかいしいしず)は麻布を3列縫い合わせた大画面に東大寺の寺域を描写したものであり,その大きさと東大寺の山の面積の大きさにに驚きました.大仏殿,東西塔,戒壇院,絹索堂,千手堂,新薬師寺の記載がありましたが,近辺には池や井戸の印はあるものの,幾ら探してもニ月堂は見つけることができませんでした.大画面の右下には天平勝宝八歳(756年)6月9日付けの良弁や造東大寺司官等の署名があります.この図が作成された当時はまだニ月堂はなかったのでしょうか?当時,お水取り行事はまだ行われていなかったのか疑問が湧きました.

 南倉の伎楽面「酔胡王」に注目しました.面の裏に相模国の墨書がありました.伎楽の終盤でこの面をかぶり泥酔した演技を行う様子が目に浮かびました.伎楽面「金剛」は力士のような顔立ちでした.


 今回の展示品の代表は黄熟香(読売新聞2011年10月特別号)だそうですが,以前も正倉院展で同じものを見ました.人気物は度々登場するようです.この香木には明治10年依勅切之,織田信長,足利義政の紙の付箋が付けられていましたが,その他の切り傷に対する付箋はありませんでした.


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