響灘に懸る角島大橋

 今から17年前の2000年に完成した角島(つのしま)大橋は、響灘に浮かぶ角島と下関市豊北町神田を結ぶ全長1700メートルの橋で、最近では、車のTVコマーシャルにも使われ、観光スポットとなっているそうです。 白い砂と日本海側では珍しい南国のようなエメラルドグリーンの浅瀬の海にマッチした、左右と上下方向に緩やかにカーブする造形の美しい橋は、絵になります。ツアーバスは一度島へ渡りましたが、すぐにUターンして、駐車場のある本土側に戻ってきました。エメラルドグリーンの海の上を走る様子はマイアミからキーウエストまで走行した7マイルブリッジを少しだけ連想しました。

角島大橋
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すぐにわたり終えます
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角島大橋完成記念モニュメント
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風雨で白浪が立っていました。浅瀬になると海の色が変わります。
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元乃隅稲成神社
  元乃隅稲成神社は昭和30年に地域の網元が島根県津和野町太皷谷稲成神社から分祀した神社だそうです。岬の先端の絶景の地に祀られており、123基の赤い鳥居をくぐるようになっています。 大きい鳥居の上部に賽銭箱が取り付けられており、そこにお金を投げ入れます。変わった奉納の仕方をするものですね。 ここも観光スポットとなっているようで、狭い山道を通って、大形の観光バスがわざわざ立ち寄りました。

123基の鳥居が断崖に並ぶ
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説明板
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大鳥居と賽銭箱
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ご神体
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萩城下町

 萩市内でバスを降り城下町を散策しました。世界遺産に登録された遺産も見学しましたが、なぜこれが世界遺産なのかと、期待外れのものもありました。 2015年7月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会において、全国8エリア23資産から成る「明治日本の産業革命遺産」が登録されています。萩エリアの登録資産は以下の5つです。

1. 萩反射炉
萩藩で鉄の溶鉱炉を佐賀藩にならって作ろうとしたが技術導入を断られ、結局、萩藩では試験炉しか作らず、実用炉は作らなかったようです。なぜこのような試験炉が世界遺産になるのかわかりません。外国の方がこれを見てどう思うんでしょうか?

史跡反射炉説明板
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史跡反射炉
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2. 恵美須ケ鼻造船所跡
造船所跡は更地で何もありませんでした。
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3. 大板山たたら製鉄(略)

4. 萩城下町

地図
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城下町並
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高杉晋作誕生地

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5. 松下村塾
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瑠璃光寺五重塔

山口県瑠璃光寺の国宝・五重塔を拝観してきました。瑠璃光寺の五重塔は室町時代に、大内義弘公の菩提を弔うために、弟の盛見によって建立され、完成したのは嘉吉2年(1442年)頃です。 瑠璃光寺の五重塔は法隆寺の五重塔、醍醐寺の五重塔と並び日本の三大美塔の一つに数えられています。今回は山口県をめぐる旅行社のツアーで瑠璃光寺を拝観する機会に恵まれました。

五重塔の前に池を含む庭園が配置されており檜皮葺が池に映えて美しかったです。 五重塔の屋根の逓減率は小さく、一重目から五重目まで屋根の寸法は余り変わりません。しかし、各層の垂直方向の寸法は初重の丈が一番高く、上層に行くほど、短くなっており、美しさを際立たせていました。 また、二重目には廻縁・高欄があるので落ち着いた感じがします。檜皮葺の屋根は室生寺の屋根の美しさを連想しましたが、葺き替えはいつになるのでしょうか?

瑠璃光寺山門
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瑠璃光寺境内
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香山公園案内図
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国宝五重塔
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五重塔と池
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梅花と五重塔
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五重塔正面
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五重塔説明板
高さは法隆寺五重塔(基壇上より31.5m)とほぼ同じ。
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丈高の一重目
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太い四天柱
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屋根の隅はせり上っている。
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香山公園石碑
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司馬遼太郎のことば
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2017年法隆寺会式

 2017年3月22日午後1時から法隆寺聖霊院で「お会式」(聖徳太子御忌法要、3月22日~24日)の法要が行われました。太子講式のとき大衆によって「訓伽陀」が唱えられます。「梁塵秘抄」の一節「極楽浄土の東門は難波の海にぞ迎えたる 転法輪所の西門に念仏するひとまいれとて」と言う句が取り入れられており、太子信仰が西方願生の浄土信仰と結びついていたことがうかがえます。
また、「太子和讃」も本節の節回しでとなえられ、訓伽陀と同じくうら声の部分も含まれています。

聖霊院内陣の厨子がこの期間だけ開帳され国宝の仏像を拝観できます。中央の厨子には聖徳太子摂政像が安置されています。写真で見るのと違ってとても優しい表情をされています。向かって左側の厨子には山背大兄皇子像と殖栗王の像が拝観できます。右側の厨子には、卒麻呂王と高句麗僧慧慈法師のお像が安置されています。

お会式の飾りつけ(法隆寺HP参照)

内陣中央には花形壇(金襴の打敷)が設けられ、三段に分けて供物が置かれる。
 最上段:お仏飯、重ね餅(黄、緑、白)
 中段(五杯御膳):白の小判餅、ケイピン、三輪のソーメン、ネコ耳、黄の小判餅
 下段(十三杯御膳):ミズクワイ、白豆、キンカン、青豆、カヤの実、ギンナン、黒豆、紅白寒天、ネズミ耳、クワイ、干柿、八角柱の切餅、ホオズキ
 
大山立て
 花形壇左右に大山立が置かれる。土台の芯に日、月、星を表した餅を十二段積む。十二段積みの上にみかんを積み、その上に柿を揚げたものを配する。その上の杉の葉の間に、水仙を飾り、その上に梅を二段積む。一番上には割竹につけた極楽鳥と燕を平底籠に刺す。

会式が行われる三日間は、境内に屋台が出て近隣の住民や子供達、また法隆寺の講に参加されている由縁の方々、団体の拝観者や個人の方々が大勢拝観されます。

南大門前に会式の看板
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本坊門前に幔幕
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聖霊院(特別の飾り)
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律学院(東大門を夢殿方向へぬけてすぐ左手)
   聖徳太子馬乗像、聖霊院と同様の花形壇飾あります。
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屋台
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東大寺お水取り

2017年3月6日、今年で1266回目となる東大寺二月堂のお水取りに行って来ました。 この日は解説付きの特別拝観ということで、午後3時から二月堂北参籠所で、東大寺長老筒井寛昭師によるお話を聞きました。これまでに、30回も参籠された師の話は分かりやすく、体験された方ならではのお話を聞くことができました。

また、練行衆が使用した松の芯材で作られた「差懸(さしかけ)」(下駄)や、内陣の四隅に飾られる椿の花・「糊こぼし」の造花や、結界注連縄、練行衆が別火房(戒壇院)で着る和紙で造られた「紙衣」も拝観しました。韃靼(だったん)のとき堂内で用いられる特別の松明の芯も見せて頂きました。 講演の終了後、食した西大和の料亭「佐伯」の特製の精進弁当はとても美味しかったです。

長老のお話し
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さしかけ(下駄)
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紙衣(別火坊)
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椿の造花(煤の付いた造花、付いていない造花)
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結界用注連縄
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特別松明の芯の中(ほおの木)
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午後7時から、お松明が始まりますが、一時間まえから大雨が降って来て、二月堂下の段々になっている芝生エリアは特に、足元が悪くすべりそうになりました。 この日もツアー客などで、二月堂、三月堂、四月堂付近は混雑していましたが、松明の大きな火の手に歓声があがっていました。

二月堂下芝生エリア
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松明が登ってゆく石段
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昔は練行衆が上堂するときの明かりとして、小さな松明が用いられていたようですが、ここ20~30年前から拝観者が増加し、大きな孟宗竹を使った松明を作り、二月堂の舞台で、ぐるぐる振り回して、わざわざ火の粉を散らすなどして、童子さんもサービス精神旺盛となりショー化しているようです。

午後7時になると境内の照明が一斉に消灯され、松明の明かりに照らされた練行衆10人が順に次々と上堂してゆきました。この日は、一人は先に上堂していましたので、合計10本の松明が上がりました。

直前の二月堂
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松明上道
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舞台の廊下を行く
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松明を振り回す
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火の粉を落とす
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筒井長老のお話では修二会の行事は、修験道に通じた実忠和尚が、笠置山の龍穴で天界を拝し、この行法の素晴らしさに打たれ、この世に移したものとされます。天平勝宝4年(752年)から絶えることなく現在まで続いている不退の行です。

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松明上堂の後、堂内では練行衆が行を行っています。本堂の三方には局(つぼね)と呼ばれる畳敷きの部屋があり、そこから格子越しに練行衆の行を拝観できます。これを拝観するため、お松明終了後、大勢の人が二月堂に上がりました。

右側内陣では練行衆が行を行っています。
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局には拝観者が大勢います。
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舞台から夜の大仏殿を望む
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私は特別拝観でしたので、内陣に入り練行衆の行を拝観しました。内陣の四隅には椿の木が飾られ、造花が飾られていました。また、南天の美しい実が飾られていました。 十一面観音の前には、おもちが、ピラミット上に積まれていました。 長老の話では期間中2000枚の餅がつかれるとのことです。 法螺貝を吹き堂内を行道していました。この日は走りの行があり、練行衆は、差しかけを履いて、猛スピードで堂内を走りまわっていました。天界の一日は、地上界の四百年に相当するため、天界の行の行程を終えるためには、走らないと間に合わないから、走るそうです。

「神名帳」の読み上げ
長老のお話では、修二会の行の本質には神仏習合の考えがあるそうです。自然崇拝の神に対する畏敬の念と無病息災を祈るお釈迦様の教えが日本では習合して祀られています。この日は、午後9時頃から「神名帳」の読み上げがあり、日本全国522柱の神様の名前が読み上げられました。○○大菩薩は東大寺と関係が深い神様の名前、大明神はそれ以外の名前です。全国の神様の名前が独特の調べで、次から次へと読み上げられました。

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過去帳読み上げ時、「青衣の女人」がよばれる様子。
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深夜この階段を降りて帰りました。
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深夜の二月堂下
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