丹後半島の史跡巡り(5)

神明山(しんめいやま)古墳  (大正12年(1923)国史跡、古墳時代前期末~中期初頭の大型前方後円墳)

 京都府京丹後市丹後町宮に所在。竹野川河口の竹野神社に隣接して築造されている。全長約190mの墳丘を海から眺めたときの偉容がうかがい知れる。後円部径約129m、高さ約26m、前方部幅約78m、高さ約15mの大型前方後円墳で、4世紀末から5世紀初頭の築造と考えられる。丹後地方では網野銚子山古墳(全長約198m)に次ぐ2番目の大きさの古墳である。
 前方部を北東に向け、3段築成で、くびれ部に造り出しをもつ。葺石、埴輪が出土し、滑石製模造品や、舟を漕ぐ人物像が描かれた埴輪片が採集されている。後円部から鎌倉時代の銅製経筒なども出土している。

古墳登り口
 IMG_4436s.jpg

史跡 神明山古墳説明板
IMG_4433s_2017072018364973e.jpg

前方部から後円部へ
IMG_4438s_20170720183652204.jpg

後円部から日本海眺望
IMG_4451s.jpg

石碑
IMG_4449s.jpg

立岩(たていわ) 聖徳太子の弟麻呂子親王鬼退治伝説の岩(沖を行く船が見える)
IMG_4447s_2017072018402064b.jpg

遺跡説明絵図
IMG_4439s.jpg

経塚出土品
IMG_4362s.jpg

----


網野銚子山古墳(国史跡、古墳時代中期の大型前方後円墳)

 京都府京丹後市網野町に所在する全長198m、丹後地方最大の前方後円墳である。福田川河口部に築造された古墳時代中期の大型前方後円墳で、日本海からの眺望は偉容を誇る。前方部幅約80m、高さ約10m、後円部径約115m、高さ約16mで前方部を北東に向け三段築成です。丹後地方特有の合子状埴輪が出土。5世紀前半の築造と考えられる。2基の陪塚があり史跡指定されています。

網野町銚子山古墳説明板
IMG_4495s.jpg

登り口
IMG_4497s_201707201926097b7.jpg

前方部から後円部へ
IMG_4498s.jpg

後円部 石碑
IMG_4504s.jpg

日本海が眺望できる
IMG_4508s_20170720192809f60.jpg

網野町市街
IMG_4518s.jpg

前方部発掘調査中
IMG_4520s.jpg

京丹後市立古代の里資料館パネルより、古墳墳丘の比較

IMG_4386s.jpg


IMG_4388s.jpg

佐紀陵山古墳(日葉酢媛陵)と網野銚子山古墳は同型

IMG_4389s.jpg

IMG_4391s_2017072114293970b.jpg




IMG_4521s_2017072019281200d.jpg






 

 
  

丹後半島の史跡巡り(4)

 京丹後市立古代の里資料館(京都府京丹後市丹後町宮)の学芸員の案内で、式内社の竹野神社(たかのじんじゃ)と、全長194mの丹後三大前方後円墳の一つである神明山古墳に登ってきました。
 
 式内社の竹野神社(たかのじんじゃ)の主祭神は天照大神です。開花天皇の妃であった竹野媛が年老いて郷里に帰り天照大神を奉祀したのが創建です。 本殿のすぐ横に摂社の斎宮神社があります。竹野媛命が祀られているので、一般には斎宮とよばれています。摂社には日子坐王命、建豊波豆良和気命、鬼退治をしたと伝えられている聖徳太子の弟の麻呂子皇子も合祀されています。 
また、この神社は航海安全の神社としても知られています。10月10日の祭礼には「テンキテンキ」とよばれる民俗芸能が奉納されます。

斎宮神社、竹野神社 石標柱
IMG_4426s_20170720012343daf.jpg

竹野神社説明板
IMG_4490s.jpg

石鳥居
IMG_4489s_20170720013126a57.jpg

第一狛犬
IMG_4488s.jpg

二の狛犬
IMG_4487s_20170720013123a2f.jpg

中門
IMG_4456s.jpg

中門(中から外)
IMG_4464s_201707200149333ce.jpg


京都府登録文化財
IMG_4460s_20170720012346e55.jpg

拝殿
IMG_4463s_201707200123478d8.jpg

本殿(左) 摂社(右)
IMG_4481s.jpg

摂社(斎宮)
IMG_4475s.jpg

本殿
IMG_4469s.jpg

本殿
IMG_4470s_20170720013911f66.jpg

--
京丹後市立古代の里資料館
IMG_4316s.jpg

丹後半島史跡地図
IMG_4317s.jpg

潟湖と古墳分布
IMG_4351s.jpg

--
穴穂部間人皇后伝説
IMG_4420s.jpg

麻呂子伝説
IMG_4422s.jpg

鬼退治伝説
IMG_4424s.jpg

斎宮大明神縁起絵巻
IMG_4425s_2017072008315281c.jpg

丹波国 何鹿(イカルガ)郡
IMG_4415s_20170720174705764.jpg


--
紀年銘銅鏡
(青龍3年、日本最古の銅鏡、卑弥呼からもらった鏡?)
IMG_4337s_20170720093714f34.jpg

IMG_4338s_20170720093715c82.jpg

IMG_4339s.jpg

丹後半島の史跡巡り(3)

蛭子山古墳(えびすやまこふん)
  京都府与謝郡与謝野町加悦に所在する、「蛭子山(えびすやまこふん)古墳」(昭和5年、国指定史跡)は、古墳時代前期4世紀中頃の築造で、全長145mの大型前方後円墳で、丹後地方の三大前方後円墳の一つとして知られています。 後円部中央の第一埋葬施設から舟形石棺が出土し、現在、覆屋に保存されています。棺内から中国製の内行花文鏡、鉄製刀、棺外から鉄製の武器類が多数発見されました。 方形の埴輪列が2カ所で発見されています。

作山古墳(つくりやまこふん)
  作山古墳(つくりやまこふん)は、蛭子山古墳と隣接して、築かれた古墳時代中期の古墳群で1号墳から4号墳から成り復元整備されています。1号墳は全長41mの造り出し付き円墳で、埴輪と葺石を持ちます。石棺から男女人骨、銅鏡、石釧、玉類が出土、副室からは剣、鉄斧、鎌、刀子、槍鉋が出土し、5世紀初期の築造と考えられています。

与謝野町古墳公園
IMG_4190s_201707182231324a0.jpg

案内図
IMG_4191s_20170718223134e6e.jpg

蛭子古墳前方部
IMG_4284s_2017071822353920b.jpg

蛭子古墳後円部と覆屋
IMG_4278s_201707182231387bf.jpg

説明板
IMG_4269s.jpg

舟型石棺
IMG_4274s_2017071822313577a.jpg

蛭子神社
IMG_4263s_20170718223536f75.jpg


後円部から前方部
IMG_4276s.jpg


------------------
作山古墳石碑

IMG_4200s.jpg

現地説明板
IMG_4202s.jpg

1号墳
IMG_4214s_20170718223533283.jpg

埴輪
IMG_4213s.jpg

IMG_4221s.jpg

4基の古墳
IMG_4239s_2017071822353407f.jpg

古墳群
IMG_4249s.jpg

大江山遠望
IMG_4230s.jpg

丹後半島の史跡巡り(2)

 兵庫県豊岡市に位置する丹後半島のもう一つの国分寺、但馬国分寺跡に行って来ました。この場所にある「豊岡市立歴史博物館ー但馬国府・国分寺館ー」の学芸員の案内で、丹後半島が古代より日本海を通じて、半島と交流があったこと、また奈良の都との交流があったことなど、現地の豊かな歴史を知ることができました。

 出石神社は円山川の上流に位置し、古事記や日本書紀に記される渡来新羅王子の天日槍(おめのひぼこ)伝説の中心となる神社です。祭神は天日槍が請来したという八種神宝の神霊と天日槍の神霊を奉祭しています。近世・中世には但馬国の一の宮と位置づけられる古社です。

豊岡市立歴史博物館
IMG_3945s.jpg


IMG_3948s_20170717091554664.jpg

地図(日本海へそそぐ円山川流域に位置する)

IMG_4103s_2017071709290707e.jpg

IMG_3951s_20170717091047c25.jpg

国分寺模型
IMG_3969s_2017071709135080d.jpg

但馬国分寺跡(学芸員の現地説明)
IMG_4060s_20170717091050ec4.jpg

史跡現地説明板
IMG_4059s.jpg

塔跡礎石
IMG_4062s_201707170910527cb.jpg

心礎
IMG_4066s_20170717091053f81.jpg

金堂跡
IMG_4072s.jpg

IMG_4070s_20170717091352c39.jpg

----
出石神社

IMG_4076s_20170717094304b3d.jpg

IMG_4077s.jpg


IMG_4183s.jpg


IMG_4165s.jpg

由緒
IMG_4168s.jpg

根柱
IMG_4167s_201707170935483a7.jpg

拝殿 
IMG_4178s_20170717093550dc7.jpg

本殿
IMG_4176s.jpg

IMG_4175s.jpg

古墳(?)禁足地
IMG_4171s.jpg

丹後半島の史跡巡り(1)

 7月の暑い中、丹後半島の古代史跡を巡ってきました。奈良歴史遺産市民ネットワーク主催の、ヤマトの古代史をヤマトの外から学ぼうという趣旨の考古ツアーです。コースは次の通りです。

 近鉄西大寺駅(チャータバス)→豊岡市立歴史博物館→但馬国分寺跡→出石神社→蛭子山古墳→宮津ロイヤルH→竹野神社→神明山古墳→網野銚子山古墳→丹後国分寺跡→綾部市私市丸山古墳→近鉄西大寺駅

丹後国分寺跡
 続日本紀によれば、 「天平13年3月24日、聖武天皇は全国に7重塔1基を造営し、あわせて金光明最勝王経と妙法蓮華経を書経させるよう詔を発した。7重塔を建造する寺は国の華ともいうべきで、必ず好い場所をえらんで、本当に永久であるようにすべきである」。 この詔に従って全国に68の国分寺が建立されました。

全国国分寺(豊岡市立歴史博物館パネルより)
IMG_3965s.jpg


 丹後国分寺跡は、日本三景の一つである天橋立が端から端まで眺められる絶景の場所にありました。塔、金堂、中門の礎石と考えられるものが残っており、すぐ近くに、京都府立丹後資料館があります。丹後の国府跡は、国分寺と地続きの籠神社までの間にあったのではないか考えられており、今後調査が行われるようです。

<史跡 丹後国分寺跡説明板>
IMG_4531s.jpg

<南から見た史跡丹後国分寺跡>
IMG_4536s_201707151456513e1.jpg

丹後国分寺塔跡基壇の礎石
IMG_4535s.jpg

雪舟筆「天橋立図」に描かれた丹後国分寺の五重塔
IMG_4534s.jpg

「建武元年(1334年)丹後国分寺再興縁起」(重文)の指図
IMG_4533s_2017071515072990b.jpg

石碑「史跡 丹後国分寺跡」
IMG_4559s.jpg

金堂跡説明板
IMG_4561s.jpg

金堂基壇と礎石跡
IMG_4553s_20170715152555ff7.jpg


塔跡説明板
IMG_4546s.jpg

塔跡礎石
IMG_4548s_20170715152415421.jpg

IMG_4550s_2017071515241647c.jpg

天橋立全体を借景とした丹後国分寺跡(左手奥 金堂跡 、右手前 塔跡)
IMG_4570s_20170715152556528.jpg

天橋立(左府中  右橋立・文殊院)
傘松公園に登らなくとも天橋立が端から端まで全部見えるのは、ここ丹後国分寺跡です。本当に景観の良い場所を選んだと思いました。
IMG_4577s_20170715152557c0c.jpg

阿蘇の海(府中側 前方は船着場)
IMG_4529s_20170715153756107.jpg




ホテルから橋立
IMG_4310s.jpg

朝日
IMG_4307s.jpg




プロフィール

青龍

Author:青龍
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
萩 (2)
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR