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法隆寺夏安居

 2019年5月16日に法隆寺の伝統行事である夏安居(げあんご)(期間:5月16日〜8月15日)が、法隆寺西室(にしむろ)に於いて始まりました。三経院の建物は夏安居をお祝いして、五色の幔幕で荘厳されていました。普段は見られない景色でした。

 本日、午前10:30から西室にてご本尊御開帳され、開白法要が行なわれました。 その後、古谷執事長の『三帰』についての講義が行なわれました。 昨年は法華経義疏の講義の年でしたが、今年は明日から90日間に渡って、勝鬘経・維摩経の講義が行われます。法隆寺夏期大学(7月26日〜29日)は、夏安居の一環として行なわれますので、この期間は講義はありません。

インドでは雨季の期間は托鉢の行ができないので、また小動物や植物の殺生を行わないために、洞窟や寺院にこもって修行に専念する習慣があり、それが中国に伝わり儀式化され、日本にも天武13年(684年)に伝わりました。その頃から「鎮護国家」の行事の一つとして、「十五大寺」で、「仁王般若経」と「最勝王経」を講じています。

さらに、法隆寺における「安居」は聖徳太子によって始められたという伝承があります。聖徳太子は606年(推古14年)に推古天皇の御前で「法華経」や「勝鬘経」の講演を行われ、天皇から「布施料」として「播磨国佐勢之地」を与えられ、それを法隆寺、中宮寺、片岡尼寺に施入しました。 法隆寺施入分の一部を三経(法華経、勝鬘経、維摩経)を講義する費用に充て、毎年講義を行ったとされており、法隆寺では古くから「功徳安居」と称した講義が行われていました。そうした伝統を引き継いだ行事が、法隆寺の夏安居として行なわれています。

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本坊看板  夏安居と開白法要案内
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中門前
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三経院正面 五色の幔幕
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手摺の木の年輪に注目
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三経院・西室
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西室入口 勝鬘経・維摩経講讃の看板
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西円堂下
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反対方向
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峰薬師西円堂 薬師如来は乾漆像
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右奥金剛葛城連峰
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畝傍山が見えます
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西円堂から五重塔を見おろす
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親鸞上人が滞在されたお堂の跡
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脇本遺跡

 万葉集全二十巻四千五百十六首の冒頭に雄略天皇(456〜479)の歌が掲載されています。 また、万葉集最後の歌は天平宝字三年(759年)正月元旦に大伴家持によって因幡の国庁に於いて詠まれた歌が、掲載されています。

  4516番  『新(あらた)しき 年の初めの初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)』
           ( 右の一首は、守大伴宿祢家持の作りしものなり )

大伴家持など万葉集編纂者が生きていた時代には、雄略天皇の治世は古代の画期と見なされていたようで、雄略天皇が詠んだとされる歌を万葉集の冒頭にもってきました。

中国の史書によれば、五世紀に、倭の国王「讃(さん)、珍(ちん)、済(せい)、興(こう)、武(ぶ)」が中国江南の王朝に使者を派遣したこと、478年に武(「雄略天皇」説が有力)が、中国宋に上表文を送ったことが書かれています(河上麻由子『古代日中関係史』中公新書、2019)。

また、埼玉県稲荷山古墳出土鉄剣銘文に、ワカタケル大王が斯鬼宮(しきのみや)におわすとき、…と刻まれています。
また、熊本県江田舟山古墳出土太刀にワカタケル大王の銘が刻まれています。

ワカタケル大王の宮の位置が刀剣の銘の宮の位置と一致するので、ワカタケル=雄略天皇であることは間違いないと考えられています。

日本書紀によれば、雄略天皇(456〜479)は、大泊瀬幼武天皇(おおはつせのわかたけのすめらみこと)と記され、安康三年十一月(456年)に泊瀬の朝倉に壇を設け、宮を定めて、皇位につきました。この地は大和から東国へ向かう出発点であり、また大和川を利用して難波に至る交通の要衝でもありました。

桜井市や橿原考古学研究所によって1981年から開始された18次に渡る発掘調査によって、泊瀬朝倉宮は桜井市脇本の春日神社を中心とする一帯ではないかと、現在では推測されていますが、まだ決定的な宮殿跡の建物を検出した訳ではありません。
今後の調査に期待したいと思います。 

朝倉小学校体育館建設に先立って、1981年(昭和56年)に初めて発掘調査が行なわれました。6世紀前半の石組溝が検出され、体育館下に保存されました。その後、プール予定地で掘立柱建物跡が発掘されました。

その後、「磯城・磐余の諸宮調査会(池田栄三郎桜井市長が会長)」が発足し、1984年以来、9次にわたって春日神社南の燈明田地区、宮ノ本地区等で発掘調査が行われ、5世後半、6世紀後半の建物の柱穴、7世紀後半の建物跡などが検出され、雄略朝、欽明朝、天武・持統朝の遺跡が一部見つかっています。この地では弥生時代の竪穴式住居も見つかっており、脇本遺跡は長期にわたる広範囲の遺跡であることが分かりました。

春日神社付近の地図


春日神社鳥居
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春日神社境内
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説明板
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拝殿
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本殿(狛犬の代わりに鹿が鎮座します)
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大木の切株に植樹
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本殿
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朝倉小学校と万葉歌碑
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第18次調査現地説明会
一次〜18次調査区
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18次調査区(現、コンビニ・ローソンの下)
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現説様子
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花の御寺長岳寺

 2019年5月5日に天理市に所在する長岳寺(真言宗高野山派)に行ってきました。 長岳寺は、824年に弘法大師によって開かれたお寺で、関西花の寺二十五ヶ所第十九番霊場になっており、とても綺麗な花の御寺です。

往時は本堂、不動堂、鐘楼など20坊あったと伝えられていますが、明治初期の廃仏毀釈によって衰退しました。しかし、現在境内には、旧地蔵院の本堂と庫裡が残っています。また、鎌倉時代の楼門(重要文化財)や大師堂(奈良県指定文化財)など多くの文化財があります。

本堂の阿弥陀三尊像(重要文化財)はとても有名で、日本最古の玉眼をもつ仏像として、時代を画する仏像として、専門家の間では良く知られています。住職によれば、運慶の父親の康慶の作品でないかと考えられているとのことです。

山門を入って長い参道の両側に植えられた平戸つつじが大きく刈り込まれて、赤と白の色がとても鮮やかでした。また、眼に飛び込むつつじやその他の木々の青葉の緑がとても新鮮でした。

本堂前には池を備えた浄土式庭園があり、池の廻りを周遊できるようになっています。現在、カキツバタとスノーボールがとてもきれいに咲いていました。

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山門
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参道
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平戸つつじ
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同上
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同上
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案内板
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地蔵院
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庭園
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楼門(鎌倉、重要文化財)
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本堂
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像彫刻1(阿象)
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像彫刻2(吽象)
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浄土式庭園
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かきつばた
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同上
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ムーシューチュー(snow ball)
(これまで、大手毬と言われていましたが、最近の調査でムーシューチューであることが分かったそうです。天理市ボランティアさんのお話しです。)
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説明板
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鹿が彫られた灯籠
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弘法大師堂
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十三重石塔(鎌倉時代、叡尊建立)
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四仏が丸彫り
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本堂と池
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幼児を抱く地蔵菩薩
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万葉集 巻一の一 歌碑

  出雲の十二柱神社を出て国道165号沿いに1キロほど西に歩くと、黒崎という集落の東に加賀の白山から勧請したという白山神社(白山比咩(しろやまひめ)神社)があります。 祭神は、白山比咩(しろやまひめ)命と菅原道真です。
本来参道の入口はもっと南の旧初瀬街道沿いにあり、現在も鳥居が立っていますが、国道165線によって参道が分断されています。初めて参拝するときは、旧街道の参道入口から入り直すと、神社や旧街道の雰囲気が伝わって良いと思います。

白山神社拝殿
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本殿
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本殿
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南側参道と鳥居
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  白山神社の南東隅に万葉集がこの地からはじまったことを讃える「万葉集発燿讃仰碑」 (保田與重郎書、1972年(昭和47)建立)が立っています。また、この石碑のそばに、万葉集全二十巻四千五百一六首の冒頭を飾る雄略天皇御製の巻一の一の歌碑が桜井市によって建てられています。

白山神社の背後の山手の黒崎小字「天の森」に、第二一代雄略天皇の「泊瀬朝倉宮の跡」と伝える小台地があるため、保田氏らがこの地に顕彰されました。 

万葉集発燿讃仰碑
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雄略天皇歌碑
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保田與重郎書
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岩波文庫、佐竹他校注「万葉集」(一)、原文万葉集(上)
  万葉集はすべて漢字で書かれています。奈良時代末には日本の有力氏族は漢字の読み書きができ、庶民も万葉歌を作ったようです。また、当時の日本の有力氏族は、中国の漢籍・漢詩にもかなり通じていたと察せられます。

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万葉集巻一の一
泊瀬朝倉宮に宇御めたまひし天皇の代 大泊瀬稚武天皇

天皇御製の歌
籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児
家告らな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ
しきなべて 我こそいませ 我こそば 告らめ 家をも名をも
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泊瀬朝倉宮御宇天皇代 大泊瀬稚武天皇
天皇御製歌
籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持 此岳尓 菜採須児
家告奈 名告紗根 虚見津 山跡乃国者 押奈戸手 吾許曾居
師吉名倍手 吾己曾座 我許背歯 告目 家呼毛名雄母

文献:佐竹他校注「万葉集」(一)、原文万葉集(上) 岩波文庫
文献:犬養孝著「万葉の旅(上)」、平凡社
「注:この歌は原文の読み方に諸説あって定まらない。」とある。
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十三重石塔残欠(鎌倉時代後期?)
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雄略天皇の泊瀬朝倉の宮の伝承地としては、黒崎・天の森の他に、上岩坂の十二神社境内地があります。
また、最近の発掘調査で、5世紀〜7世紀の建物跡が見つかっている、春日神社付近の脇本遺跡が、泊瀬朝倉宮の有力候補地となっています。

天の森 方向
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ボタン満開の長谷寺詣で

 2019年4月27日、 「奈良まほろばソムリエの会」主催のイベント、『ボタン満開の長谷寺詣で』、に行ってきました。 午前10時には40名近くの参加者が近鉄長谷寺駅へ集合しました。

この日は、大型連休の最初の日でしたが、前日に比べて、気温がかなり低く(11度C)、1日中風が冷たく、雨用のアウターを着て寒さを凌ぎました。 長谷寺のボタンがちょうど満開で、境内と周囲の山々の青葉が眼に優しく、「隠国の泊瀬」を満喫した一日でした。 

長谷寺のご本尊の十一面観音像は、高さ10メートルを越える巨大な像で、大磐石を守護する「雨宝童子」と「難陀竜王」を両脇に従えています。 清少納言ら平安朝の文学少女達も籠った場所で、静かに観音様を参拝しました。 

長谷寺のあと十二柱神社では出雲人形の製作過程のビデオを見せて頂き、作者の水野さんもいらして、出雲人形を見せて頂きました。 この日の行程は次のとおりです。

  近鉄長谷寺駅→長谷寺→十二柱神社(昼食)→白山神社→春日神社→玉列神社→近鉄朝倉駅

近鉄長谷寺駅から「ダンの平」方面
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長谷寺下登廊付近のボタン
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登廊右側のボタン
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本坊のボタン
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ボタン
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本坊のボタン
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本坊から本堂を眺望
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十二柱神社
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野見宿禰五輪塔
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平成25年相撲神社祠造営記念 祭文
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出雲集会所にて、水野さま製作
出雲人形1
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出雲人形2
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出雲人形3
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出雲人形4
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出雲人形5
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出雲人形6
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